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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<パパ戦争止めてこれなかったわ

「G・フリードマンの『来るべき日米戦争』を読んで苦笑を禁じえなかったのは、この点についてだった。
 アメリカは海上戦力で日本を屈服させる必要はない。アメリカが日本から、もしくはアジア地域から撤退するだけで、日本はシーレーンを維持できなくなってしまう。あるいはアメリカが安保条約を廃棄して中立を宣言するだけで、日本は自国を防衛できなくなる。
 かねてから一部の識者が指摘しつづけてきたように、対潜水艦哨戒と機雷掃海は超一流でも、攻撃能力のまったくない自衛隊に「防衛」などできるわけがない。日本の自衛隊は、ガードだけしかできないボクサーのようなもので、どんなに弱い相手でも、殴り返されるリスクなしにパンチをくりだすことができる。
 自衛隊は、第七艦隊をはじめとする米軍とセットになってはじめて「軍事」力になりうる。いくらイージス艦をもち、AWACS(空中警戒管制機)を飛ばしても、攻撃能力がなければ、日本は軍事的な空白にすぎない。
 加うるに、主要装備をアメリカ製に頼っているから、アメリカが中立化して部品が入手できなくなれば、経済封鎖下のイラクと大してかわらない状況になってしまう。
 たしかに、最先端技術を使った国産兵器も多少はある。しかし、実際に戦場で使われたことのない兵器の信頼性など、零に等しい。
 もしも本当に国産の兵器を真面目に作る気があるならば、武器三原則を廃棄して兵器の輸出を始めるべきだ。自分で使う機会がないのなら、人に使ってみてもらうのは当然である。しかし武器輸出になると、日頃防衛談義に熱心な政治家さえ二の足を踏むだろう。武器を輸出することは、そのまま間接的に戦争に参加することであり、人を殺すことだからだ。
 しかし、いくらハイテクを身にまとい、ディスプレーと電子機器が溢れていても、兵器は人を殺す道具であることにかわりない。人を殺す勇気がないなら、武器など作らないほうがいい。みずから手を汚す覚悟もなく、ただ兵器の性能を自慢しているだけならば、「軍事おたく」とまったくかわらない。国防論者たちもこの点については、「現実」の戦争から乖離していることにおいて反戦運動家と同等である。
 もしも本当に国を自力で守る気があるのならば、ハイテク兵器のカタログデータを皮算用するよりも、戦後日本人に巣くっている心理的タブーを破って武器輸出を試みるべきだろう。それは本当におぞましいことだ。しかしわれわれはおぞましい生き物なのである。無害で清潔な存在ではない。ただ今までは、アメリカがおぞましい事柄を引き受けてくれていたから、清潔だと勘違いできただけだ。
 だがはたして、日本人にそこまで踏み切る勇気があるか、仮に世論調査をおこなえば、圧倒的多数が自力での国防に反対することだろう。だからといって、それは今後もわれわれが手を汚さずにすむことを意味するものではない。いやむしろ、再軍備以上に多いコストがかかり、手を汚さなければならなくなるかもしれない。大切なのは、自力による国防をめざすにせよめざさないにせよ、手を汚さない道などあり得ないと知ることなのだ。」
(福田和也「アジアか、アメリカか──日米安保なき世界」)
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