「君らのは欲望まるだしの子供のやり方だ。
未知のものに対した時、
それを自分のまんまで全受容もしくは全否定したい。
権威をけなしたくて、権威が大好きだ。
それでいて自分は変わりたくない。
よく考えてごらん。自分を納得させる論法はいつも同じだ。
僕が理解できないのは、
僕に理解させれくれないような対象が悪い。
状況が悪い。紹介者が悪い。価値がないんだ。
だからそこには「重要性」や「あるべき姿」がないにきまってる。
僕にはそれらを得る資格があるのに……
「重要性」や「あるべき姿」って何だ?
それは「僕」にとって基準にすぎない。
あくまで「僕」に愛されるべきサイズの幻想だ。
その時点で、未知の「他」からは永遠に受け損ないつづけている。
「ああ、フーコーね」
「元の意味はググればこういう意味ね。ハイ分かった」
それは雑学。
点でしかない。
点をいくら増やしても線は延びず、絵が分からない。
学ぶってどういうことだ?
点の数を数えることじゃない。
そんなことは試験や決済の前にやればいい。
点と点がいかに結ばれているかを体験することだ。
そこにおける知識の文法、関係性を知るということ。
どんなささいなことでもそこで世界の次数が上がる。
絵が分かるようになる。
ズレている、それは相手か? 時代か? 世界か? ……すべて他人のせいか? 」
(nos/unspiritualized「BBS拾遺」)