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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<Re: 愛は破壊のタブロー

「思うに、愛には或る閾値があるのだろう。愛憎が不断に交替するどんなに激しい恋(エロス)であれ、自己を否定して万人に捧げるどんなに献身的な慈愛(アガペー)であれ、ひとは通常その閾値内でしか愛していない。しかし、その値を超えて愛した人がいなかったわけではない。その不滅の範例がアブラハムなのだ。と言っても、特殊な愛ではない。キルケゴールがそうであったように、またドストエフスキーの作中人物達がそうであるようにふつうのエロスの愛に始まるのだ。ただ、愛の仕事量が閾値に達すると、その閾の上には「暗い可能性」が漂い始める。相手を不幸にし、滅ぼす危険性がたちこめるのだ。愛が閾を超えた瞬間、その形相は一変する。それはもはやエロスの表情をすっかり失っている。だからと言って、崇高なアガペーに昇華したというわけでもない。むしろ、破壊と死の欲動であるタナトスに導かれているかのような恐ろしい相貌を剥き出しにするのだ。アブラハムはイサクをそのように愛した。だから、刀を振り上げ、渾身の力でこの一人息子の上に振り下ろしたのだ。その瞬間、アブラハムがイサクを本当に愛していたか、それとも本当は憎んでいたか、というような問いは愚問でしかない。衷心からの愛だからこそ、それが殺意と区別がつかなくなる瞬間があるのだ。そこを超えてなお敢えて愛することができるか。」
(山城むつみ「ソーニャの眼──『罪と罰』」)
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