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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<夜の森

「こういう話をまとめて頭の中に並べてみると、医療の世界が、船乗りの世界のような、ジンクスの多い社会に思えてくる。いかに大きな船舶でも大洋にくらべてはものの数ではない。船に乗っていると、特に夜、自分を包む巨大な自然に対しては無にひとしいものに身を託していること、自然の気紛れがかすかなひと触れですべてを破滅させることが、ひしひしと実感される。あかあかと灯をともしながらひっそりと静まりかえっている深夜の病院も、暗夜の海を行く巨船である。耳をすますと、夜の病院には、何の音かわからない無数の物音がざわめいている。機械の低いうなりだろうか。眠れない患者たちの吐息がひとつになったものであろうか。時々、ナースの走る足音、押し殺した短い声、すすりなきともうめきとも聞こえる声、そして突然の沈黙。患者にとって病院は夜の海、夜の森である。窓がしらむのを待って患者に遅い束の間の安堵が訪れる。彼らにようやく眠りが到着するのはその時だ。もっとも朝の検温まで、あと一時間もあるだろうか。むろん、勤務室にいる医療者にとっても自分たちを包む闇の広大さは圧倒的である。」
(中井久夫「ジンクスとサイクルと世に棲む仕方と」)
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