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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<矛盾と分裂の違い

「偉大な音楽は概念のない総合である。そして概念のない総合はヘルダーリン後期の詩の原型である。ちょうどヘルダーリンの歌の理念が厳密に音楽に当てはまるように、解き放たれ発散する自然は、もはや自然支配の呪縛に閉じ込められてはおらず、まさしくその呪縛によって自己を超越してゆく。が、言葉はその意味作用的要素、つまり模倣的-表現的要素の対極であるその力によって、判断形式、文章、またそれとともに概念の総合的概念機能に結びつけられている。音楽の場合とは違って、詩においては概念のない総合は媒体とは逆の方向を向く。それは構成上の分裂となる。伝統的な総合の論理はそれ故、ヘルダーリンによってかろうじて宙吊り状態にされるだけである。ベンヤミンは並列 Reihe という概念で叙述を試み、この事情を認識するに至った。すなわち、「その結果、この詩の中心をめぐって、人間と天上のものと王侯とがいわばその古い秩序からそそり立つように並列的に並べられる」、と。ベンヤミンが生ある者と天上の者との領域を調停するものとしてのヘルダーリン的な形而上学に関連づけている事柄を同時に指示しているのは、言語上での操作である。シュタイガーが正しく強調したように、ヘルダーリンの言語操作は、ギリシアのそれで鍛え上げられたもので、大胆に仕上げられた従属的な構成を断念していない一方で、技巧に満ちた中断としての並列 Parataxe がそこでは顕著なのだが、従属的なシンタクスの論理的な階層秩序をそれは回避するのだ。逆らい難くそのような造型へ、ヘルダーリンは惹かれてゆく。様々な要素が互いに判断におけるのとは異なった結びつき方をするように言葉を並べ変えるのは音楽的である。」
(アドルノ「パラタクシス──ヘルダーリンの後期賛歌に寄せて」)
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