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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<まるでセックスしたくない

「マスターベータソン〔2006年8月6日、イギリスはロンドンで開催された数百人の男女がマスターベーションをする集団イベント〕という考え方の基礎にあるイデオロギー的立場は、そこにおける形式と内容の不調和によって示されている。つまり、そのイベントは、独我論的で自己中心的なおのれの愚かな快楽を、よろこんで他者と共有しようとする個人から、ひとつの集団をつくるのである。しかし、この矛盾は、現実の矛盾というより、みかけ上のものである。「経験の共有」というカリフォルニア的なフレーズによってうまく表現された、ナルシシズムと集団への没入とのあいだの結びつきは、フロイトにとって周知の事実であった。対立しあう二つの特徴がこのように一致するのは、それらが共通して同じものを排除しているからである。ひとは群衆のなかで孤独になれるだけでなく、現に孤独である。個人の孤立と個人の群衆への埋没は、厳密な意味での主体間関係、つまり、〈他者〉との出会いを排除している。フランスの哲学者、アラン・バディウが明快に述べているように、こんにち、われわれがこれまで以上にたんなる快楽だけでなく、ことのほか愛に固執するべきであるのは、そのためである。愛、つまり〈二者〉の出会いこそが、ばかげたマスターベーション的快楽を、厳密な意味での出来事へと「聖体変化」させるのである。最低限の品性を備えたひとならわかることだが、他者のまえでマスターベーションをすることは、他者と性交することよりもむずかしい。他者がわたしの行為にかかわるのではなく、観察者に還元されるという事実、それこそがわたしの行為を「恥ずべき」ものにするのである。マスターベータソンのようなイベントは、厳密な意味での恥の終わりを告げている。マスターベータソンが、われわれのこんにちの立ち位置を示す、われわれにとってもっとも個人的な自己-経験を支えるイデオロギーを示す、もっとも明確な例であるのは、こうした理由による。
 「なぜマスターベーションするのか」。キャロル・クィーン博士はその理由を次のようなリストにしている。
●性的快楽はみなにとって生得の権利であるから。
●マスターベーションは究極のセーフセックスであるから。
●マスターベーションは自己愛の、喜びに満ちた表現であるから。
●マスターベーションは、月経痛の緩和、ストレス軽減、エンドルフィンの分泌、骨盤の筋肉の強化、男性の場合は前立腺感染の減少、女性の場合は膣カンジダ症の予防など、多くの健康上の利益となるから。
●マスターベーションは心臓血管を鍛える最高の運動であるから。
●どのひとにとっても最高の恋人は自分自身であるから。
●マスターベーションは性に関する意識を高めるから。
 自己認識の高まり、健康上の利益、社会的抑圧に対する闘争、きわめてラディカルな政治的公正の立場(ここではだれもハラスメントを受けないことは明らかである)、もっとも基本的なかたちの性的快楽の肯定──ここにはすべてがそろっている。通常は同性愛者に対して用いられる表現を使うことによって(マスターベーションは「自己愛を自室から引っ張り出す」)、あらゆる他者性の排除という或る種の暗黙の目的論がほのめかされている。」
(スラヴォイ・ジジェク「SOS暴力」)
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