忍者ブログ

Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<人間の所有

「自転車をおしている大きくふくらんだ頬をもった褐色の髪の少女のそばを通りすぎるとき、私は一瞬、彼女の笑をふくんだ横目にちらとぶつかったが、それは、この小さな部族の生活をつつみかくしているあの非人情の世界、この私についての観念などとうていはいりそうもない近づきにくい未知の世界の奥からさしむけられたまなざしであった。その仲間たちの話していることにすっかり気をとられた、ポロ帽を目深にかぶったこの少女は、その目から発した黒い光が、私とかちあった瞬間に、はたして私を見たであろうか? 見たとすれば、私はどう彼女の目に映ったであろうか? どんな世界の奥から、彼女は私を見わけていたのか? それをいうことの困難さは、いわば望遠鏡のおかげで、隣の星に、ある特殊の徴候が見えたからといって、そこに人類が棲息し、われわれをながめていると結論すること、われわれをながめて何を考えたかを結論することが困難なのと、同一であっただろう。
 そのような少女の目が、きらきら光るまるい二枚の雲母にすぎないとわれわれが考えるだけならば、何もわれわれは彼女の生活を知りたいとあせったり、彼女の生活をわれわれにむすびつけたいとやっきになったりすることもないであろう。しかしわれわれは、その鏡のような小円盤のなかに光っているものが、単にその円盤の物質的な構成だけによるものではないことを感じるのだ。それはわれわれによく知られないもの、当の人間だけが知っている人々や場所について──……この小妖精が、野を越え森を越えて、ペダルをふみながら私を連れていってくれたかもしれない競馬場の芝生、サイクリング・トラックの砂道といったものについて──その本人がもっている観念の黒い影であり、また彼女がこれから帰ってゆこうとする家の影であり、彼女がくわだてているか人が彼女のためにくわだてた計画の影である、とわれわれは感じる、またとりわけ、欲望と同情と反撥とかくれた不断の意志とをもつ彼女そのものである、とわれわれは感じる。そんな目のなかにあるものを占有できないならば、とうていこの自転車の少女を占有できないだろうことを私は知るのであった。」
(プルースト『花咲く乙女たちのかげに2』)
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
trounoir
性別:
非公開

P R