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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<秋の砂漠

「秋の夕暮。澄みわたって涼しい。だれともわからぬ人影が、身のこなしも、服装も、輪郭もはっきりしないまま、家から出てきて、すぐ右手へ曲ろうとする。管理人の女将が、古びた、ゆったりした女もののコートを着て、門柱にもたれて立っていたが、彼になにごとか小声でささやく。彼は、一瞬考えこむが、かぶりを振って立去る。線路を横切るとき、ぼんやりしていて、折から走ってきた市電の直前へ出る。市電は、彼のどまん中を走り抜ける。苦痛にぎゅっと顔をしかめ、筋肉という筋肉を収縮させた彼は、市電が通り過ぎてからも、その緊張をほとんどほぐすことができない。なお暫くじっとしていたら、次の停留所で、ひとりの少女が市電から降りるのが見える。彼女は、手をこちらに振り、二、三歩、駈け戻ろうとしかかったが、思いなおして、ふたたび市電に乗りこむ。彼は、やがて、ある教会のそばを通りかかる。うえの石段の踊り場に、ひとりの牧師が立っていて、彼のほうへ手を差し伸べる。その時あまり深く前屈みになったので、前方へもんどりうって落ちそうになる。しかしそれでも、彼は、牧師の手をつかもうとしない。宣教師嫌いなのだ。それに、石段のあたりで遊んでいた子供たちも癪だった。ここをまるで遊び場のように心得て、駈けずり回り、下品な文句を怒鳴りあっている。子供たちには、もちろんその意味など判りはしない。ほかにもっとましな事がないから、乳首をしゃぶるように言葉をもてあそび、囃したてているだけだ──彼は、上着のボタンをずっと上までかけて、ふたたび歩きだす。」
(カフカ「断片──ノートおよびルース・リーフから」)
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