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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<反ディレッタンティスム

「スピノザの最も有名な理論的テーゼのひとつは、一般には心身並行論の名で知られている。このテーゼは、たんに精神と身体のあいだのいっさいの実在的な関係を否定するところに成り立っているのではない。同時にこの両者の一方の他に対するいっさいの優越を禁じているのである。スピノザが、身体に対する心のいかなる優位も認めなかったのは、心に対する身体の優位をうちたてるためではない。……この心身並行論の実践的な意義は、意識によって情念〔心の受動〕を制しようとする〈道徳的倫理観〉がこれまでその根拠としてきた原理を、それがくつがえしてしまうところに現れる。身体が能動的にはたらけば心は受動にまわり、反対に心が能動に立てば今度は身体がはたらきを受けずにはおかない、とこれまではいわれてきたのだった(心身の逆比的相関の原則──デカルト『情念論』一および二条を参照せよ)。『エチカ』によれば、そうではなく、心における能動は必然的に身体においても能動であり、身体における受動は心においても必然的に受動なのである。心身両系列のあいだは一方の他に対するいかなる優越も存在しない。だとすれば、身体をモデルにとりたまえというスピノザは、それによって何を言おうとしているのだろう。
 それは、身体は私たちがそれについてもつ認識を超えており、同時に思惟もまた私たちがそれについてもつ意識を超えているということだ。身体のうちには私たちの認識を超えたものがあるように、精神のうちにもそれに優るとも劣らぬほどこの私たちの意識を超えたものがある。したがって、みずからの認識の所与の制約を越えた身体の力能をつかむことが私たちにもしできるようになるとすれば、同じひとつの運動によって、私たちはみずからの意識の所与の制約を越えた精神の力能をつかむこともできるようになるだろう。身体のもつもろもろの力能についての認識を得ようとするのは、同時にそれと並行的に、意識をのがれているもろもろの精神の力能を発見するためであり、両力能を対比する〔対等に置いて理解する〕ことができるようにするためなのだ。いいかえれば身体というモデルは、スピノザによれば、なんら延長〔私たちの物質としてのありよう〕に対して思惟をおとしめるものではない。はるかに重要なことは、それによって意識が思惟に対してもつ価値が切り下げられることだ。無意識というものが、身体のもつ未知の部分と同じくらい深い思惟のもつ無意識の部分が、ここに発見されるのである。
 それというのも、意識はもともと錯覚を起こしやすくできている。その本性上、意識は結果は手にするが、原因は知らずにいるからだ。……私たちは、みずからの身体に「起こること」、みずからの心に「起こること」しか、いいかえれば他のなんらかの体がこの私たちの身体のうえに、なんらかの観念がこの私たちの観念〔私たちの心〕のうえに引き起こす結果しか、手にすることができないような境遇に置かれているのだ。……要するに、そのままでは私たちは、ものごとの認識においても自身の意識においても、本来の原因から切り離された結果しか、非十全な、断片的で混乱した観念しかもてないようにできているということだ。……
 意識はどうやって自分の不安を鎮めるのだろう。……結果しか手にできない意識は、ものごとの秩序〔順序〕を転倒し、結果を原因と取り違えることによって自身の無知をおぎなおうとする(目的因〔それが何のためであるか、という目的がその存在を理由づけるような存在〕の錯覚)。ある体がこの私たちの身体のうえに引き起こした結果を、意識は逆にそれこそが目的であり、その外部の体がまさにそのためにはたらいた目的因だったのだとし、さらにその結果の観念についても、意識はそれを自身がそのためにそうはたらいた当の原因だったのだとしようとするのである。そこで意識は自分が第一原因であると思うようになり、身体に対するおのれの支配力にその根拠をもとめるようになる(自由裁量の錯覚)。そして、もはや自分が第一原因であるとも、こうなるようにと自分が意図したのだとも想像することができない局面では、意識はその根拠を神に、──知性と意志をそなえた神、目的因や自由裁量を駆使して、人間に報いとしての賞罰に応じた世を用意している神に、もとめることになる(神学的錯覚)。意識は錯覚をいだくというのでさえ、不十分である。意識は、分かちがたくそうした目的因の錯覚、自由裁量の錯覚、神学的錯覚という三重の錯覚と結びつき、その錯覚のうえに成り立っているからである。意識は、文字どおり目を見開いたまま見ている夢にすぎない。」
(ジル・ドゥルーズ「道徳と生態の倫理のちがいについて」)
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