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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<不審死と喪礼

「彼〔問題の患者〕は病練で他の患者さんと殴り合いをやります。一週間ぐらい経ったら目の縁が真っ黒になっていました。まずいなと思ったわけですけれども、彼は小男なんです。弟さんが大きな男で、弟さんの方が大きいと、お兄さんの方は無理して「お兄さん」をしないといけないときがあって、彼は無理をしてたと思います。……そういう中で患者さんが二週間ぐらいいましたか、絵を描くとかそんなものでは全然ありません。ただもう相手してるというだけですね。
 そして夜中に電話が掛かってきたわけです。十二時十分位前ですか、「死んだ、回診したら息がない」というんで、これはまいりました。よりによって死ななくてもいいのにと思ったんですが。実はお父さんの方が少し前に亡くなってるんです。しかも東京のある有名な精神科のクリニックにかかっていて、脳腫瘍を発見されなくて、脳腫瘍で死んでいるわけです。精神科への不信感がものすごくあるわけです、最初から。家族は「またしても」という感じであります。結局これは仕方ないと思って「非常に申し訳ないんだけれどもこうなった原因を私もわからないからぜひ知りたい」と言って、剖見を主張したわけです。
 不審死の場合には解剖を主張されるべきだと思いますね。解剖を主張したらこちらの誠意というんですか、真相を明らかにしようという気持ちがあると認められますけれども、剖見を申し出なかった場合には患者さんの家族にあの時どうして剖見してくれなかったんだ、やましいことがあるのではないかと言われたときには、非常に問題があります。これを僕は実際に裁判で証人として経験したことがありますが。
 剖見してくださったのがH先生であって、M療養所でありました。ブラックアイができてますから、これで脳内出血でもあったら僕は医者を辞めるぐらいの腹を決めてたんですけど、しかし幸いにしてそれはなかったんですね。家族の方も非常にアンビバレントだったんでしょう。……僕はそのお母さんとはその後一年付き合ったですね。時々思い出して、やはりあれはどうであったのかと手紙をくださるんですね。剖見の記録を見たいとか、それはもちろんH先生がその場で家族に説明されたんですけれども、こういう意味はどういう意味であるかとか、時々書いてこられるわけです。これはまさに喪の作業であって僕もそのたびに返事を書いていたんですけど。」
(中井久夫「危機と事故の管理」)
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