「これまでも、ロレンスの旺盛な生命力や陰影の濃い情熱に関する論文、エセーは沢山書かれてきた。
だがロレンスに対抗できるだけの、力をもってロレンスを全体的に論じた作品は、井上〔義夫〕氏の評伝が初めてだろう。まさしく巨人的な氏の仕事によって、ロレンスは、けして天賦の才や秀れた洞察、時代精神によってでなく、狂暴なエネルギィ、欲求、精力によって仕事をしたのであり、それらの力の促した「探求」──と呼ぶべきかどうかも解らない、生活と一致した、掃除をしたり食事を作ったり、歩いたり眠ったりする事と分け隔てる事のできない営み──の果実である「小説」に、その全体像が投影されている事を、実感させる。この証明は、論理学的な事実としてでなく、井上氏の評伝全体が発散し内包している、静謐ではあるがまた激しく充溢している何物かによって示される。」
(福田和也「日本近代は無駄ではなかった」)