「いいかい、きみがただのルンペンだったところで、ぼくはかまやしないんだ。きみはやっぱりぼくの友だちで、ぼくもきみの友だちだろう。ぼくの信じるものを片端から嘲笑ってくれたっていい、もしきみにもなにか信じているものがあるなら。しかしきみにはそれがない。きみはなにも信じない。ぼくの考え方でゆけば、人間は自分のやっていることを信じなくてはいけない。でないとすべてが茶番になってしまう。もしきみがルンペンになりたくて、身も心もうちこんでルンペンになりきったなら、ぼくは心からきみを歓迎するね。しかし、いまのきみはいったいなんだい？ まだわれわれの若かったころ……徹夜でニーチェとか、ショーとか、イプセンとかいった思想家を論じあったころ、ぼくたちがさげすみの目を向けたあのくだらないやつらと同類じゃないか。きみの親父のようになってはいけないんだ、ぜったいに！ 彼らもきみを投げ縄でとらえようとか、きみを手なずけようとしたわけじゃない。ところが実際はそうなってしまった。というよりきみがそうしたんだ。きみは自分で自分に拘束服を着せてしまったんだ。きみはいちばん安易な道をえらんだんだ。戦いはじめもしないうちに降伏してしまったんだ。」
（ヘンリー・ミラー『ネクサス』）
