「秘密は、彼〔ラスコーリニコフ〕自身のうちにあって彼を超えた何か、彼自身も知らない、彼以上に彼である何かなのだろう。ソーニャは、ラスコーリニコフを愛していたが、しかし、彼女にとって彼を愛するとは、彼の中にあって彼を超えた何か、彼自身も知らないにもかかわらず、彼以上に彼であるそのXを愛するということにほかならなかった。したがって、それを愛する彼女は、ラスコーリニコフを破壊してでもその内に秘められたその何かにふれようとする。ラスコーリニコフにソーニャの愛が、感情を害する不快なもの、危険なもの、苦痛なものと感じられるのはそのためなのだ。ソーニャによるその破壊は、どこよりも、彼女がラスコーリニコフに《私は殺した》と声に出して皆に聞こえるように言いなさいと迫る命令(第五部第四章)においてなされている。それは、彼が彼自身を破壊してこの言葉が蔵している秘密を自ら曝け出せということにほかならない。」
(山城むつみ「ソーニャの眼──『罪と罰』」)