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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<快楽を信じない

「唇に接吻と呼べそうにもない接触の感覚が残っている。疎ましくもあり慕わしくもある感覚だった。あんな風にしか事を運べないのは最初からわかっていたのだ。意志を裏切って欲望が満ちて来ることも、いざという時に欲望が思いを越えられず萎えてしまうことも。体などなくなってしまえばいい。それとも、心の方がなくなってしまえばいいのだろうか。ああ、そうだ、と私は指を鳴らしたくなった。花世とうまく行かなくなって以来、私はいつもそのことを考えて来たのだ。
 …………
 ……部屋での出来事を頭の中で再現してみる。由梨子がやってもいいと言ってくれたのも、自分の方から愛撫を始めてくれたのも、私は非常に嬉しかった。それなのに、半身と半身を合わせて彼女の温もりを受け取った時に感じたのは歓びばかりではなかった。心臓の裏側から背中一面に拡がって行く寒気に私はぞっとしたのである。あの寒気は歓びの一部分とも思える。だが、その正体を解明することができない。
 昔、花世が恐ろしく荒んだ表情で私の体をまさぐった時にも、体はしっかりと反応しているにもかかわらず寒々とした思いを味わった。彼女の体が触れていない部分は冷気に取り巻かれているようだったし、触れられている部分は異様に過敏になって痛みさえ感じていた。ことによったら、あれが私の「インポテンツ」の始まりだったのだろうか。
 …………
 実際にやってしまうよりやりたいやりたいと熱望している状態の方が幸せだ、と声に出さずに言ってみてすぐ、今のは正しくない、と思う。そもそも私は何がほしいのだろうか。どうすれば誰かと共にあって「幸せ」になれるのだろうか。頭が重かった。テーブルに額をつけた。琺瑯引きのテーブルの冷たさが熱をさましてくれれば、と願った。」
(松浦理恵子「微熱休暇」)
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