「恋しているまねをしているだけなのだと相手に思わせようとするということは、この上なく深く恋している証拠なのである。いかにも真正直な恋を見せつけられては、私たちの思考も感情も怯えきってしまうではないか。恋するものは幸福である。だが、恋の幸福の高みには、晴ればれとした空間、つれないまでに澄んだ天空のあることを知らねばならぬ。人はおのれを与えようとするなら、あくまでもおのれであらねばならぬ。……何ごとにしろ強制されると、せっかくの情愛も引っこんでしまう。奴隷は美しくない。美しくなることは、もうありえない。相思相愛の恋だけが美しさをきらめき出させるのだから。そのとき恋は祭典となる。」
(アラン「女房学校」)