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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<My Father, My Elements

「私たちが子供だったころ、父はよく昼夜交替制の夜の勤めに出ていた。春になり、疲れた父が真黒になって帰宅する頃、私たちはパジャマ姿で階下にいることが多かった。そのとき、夜と朝が顔を合わせたわけだが、その対面は必ずしも幸せなものとは言えなかった。おそらく、倦み疲れて汚れた体を引きずり、ようやく一日の終り辿り着いた父にとって、子供たちが元気よくその一日に向かって出てゆくのを見るのは辛いことだった。戸外に春の朝の陽差しがあふれている時刻に、ひとりで眠りにつくのは楽しいことではなかったのだ。
 しかし、露に濡れた明け方の野原を長いあいだ歩いてきたときなど、父がいかにも幸せそうに見えることもあった。父は、炭坑の夜の世界から、広い朝の水晶のような世界に出るのが大好きだった。鳥という鳥は一羽残らず、草の動きのかげの生き物の気配にも、余すところなく目ざとく眼をとめた。甲高いタゲリには同じ声で応え、チュッ、チュッと囀るミソザサイには、同じ鳴き声で呼びかけた。できることなら、父はきっと人の言葉ではない野生の言語で、彼らに向かって啼き、馬のようにいななき、ピィー、ピィーと囀ったことだろう。とにかく父は、人間に染まっていないものが一番好きだった。」
(D.H.ロレンス「アドルフ」)
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