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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<人間の弱点2

「では、世界観とは何か。獣物の闘争という唯一の人性原理を信じたヒットラーには、勿論、科学的であろうとなかろうとあらゆる世界観は美辞に過ぎない。だが、美辞の力というものはある。この力は、インテリゲンチャの好物になっている間は、空疎で無力だが、一般大衆のうちに実現すれば、現実的な力となる。従って、ヒットラーにとっては、世界観は大衆支配の有力な一手段であり、もっとはっきり言えば、高級化された一種の暴力なのである。暴力を世界観という形に高級化する事を怠ると、暴力は防禦力ばかりで、攻撃力を失う、と彼は明言している。もっとはっきり、彼は世界観を美辞と言わずに、大きな嘘と呼ぶ。大衆はみんな嘘つきだ。が、小さな嘘しかつけないから、お互いに小さな嘘には警戒心が強いだけだ。大きな嘘となれば、これは別問題だ。彼等には恥ずかしくて、とてもつく勇気のないような大嘘を、彼等が真に受けるのは、極く自然な道理である。大政治家の狙いは其処にある。そして、彼はこう附言している。たとえ嘘だとばれたとしても、それは人々の心に必ず強い印象を残す。嘘だったという事よりも、この残された強い痕跡の方が余程大事である、と。
 …………
 ……彼〔ヒットラー〕はプロパガンダを、単に政治の一手段と解したのではなかった。彼には、言葉の意味などというものが、全く興味がなかったのである。プロパガンダの力としてしか、凡そ言葉というものを信用しなかった。これは殆ど信じ難い事だが、私はそう信じている。あの数々の残虐が信じ難い光景なら、これを積極的に是認した人間の心性の構造が、信じ難いのは当り前の事だと考えている。彼は、死んでも嘘ばかりついてやると固く決意し、これを実行した男だ。つまり、通常の政治家には、思いも及ばぬ完全な意味で、プロパガンダを遂行した男だ。だが、これは、人間は獣物だという彼の人性原理からの当然な帰結ではあるまいか。人間は獣物だぐらいの意見なら、誰でも持っているが、彼は実行を離れた単なる意見など抱いていたのではない。
 三年のルンペン収容所の生活で、周囲の獣物達から、不機嫌な変り者として、うとんぜられながら、彼が体得したのは、獣物とは何を措いても先ず自分自身だという事だ。これは根底的な事実だ。それより先に行きようはない。よし、それならば、一番下劣なものの頭目に成ってみせる。昂奮性と内攻性とは、彼の持って生れた性質であった。彼の所謂収容所という道場で鍛え上げられたものは、言わば絶望の力であった。無方針な濫読癖で、空想の種には困らなかった。彼が最も嫌ったのは、勤労と定職とである。当時の一証人の語るところによれば、彼は、やがて又戦争が起るのに、職なぞ馬鹿げていると言っていた。出征して、毒ガスで眼をやられた時、恐らく彼の憎悪は完成した。勿論、一生の方針が定ってからは、彼は本当の事は喋らなかった。私も諸君と同じように、一労働者として生活して来たし、一兵卒として戦って来た、これが彼の演説のお題目であった。」
(小林秀雄「ヒットラーと悪魔」)
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