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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<神の仮死

「……お前〔キリスト〕の偉大な予言者〔ヨハネ〕は、その幻想と比喩のなかで最初の復活の日に加わったすべての人を見たが、その数は各部族ごとにそれぞれ一万二千人だったと語っている。しかしそれだけの人数がいたとしたら、それは人間というよりは神だったのだろう。彼らはお前の十字架を堪え忍んだ。いなごと草の根をかじりながら、飢えと裸の荒野の幾十年かを堪え忍んで来た。──それゆえにお前がこれらの自由の子、自由な愛と、お前のための偉大な犠牲との子らを誇らしげに指さすことができるのは当然だ。だが思い出すがよい。それとてもわずか数万人の、それも神に近い人々ではないか。その他の人間どもはどうなのか。それに力ある人々が堪え忍んだことを、力弱い他の人間どもが堪え忍ぶことができなかったとしても、それが彼らの罪だろうか。かよわい魂がああいう恐ろしい進物を奉納することができないとしても、それがそのかよわい魂の罪だろうか。まさかお前は選ばれた者だけのために、選ばれた者だけのところへ来たのではあるまい。だがもしそうなら、……わしらもまたその神秘を伝動して、《大事なのは自由な決心でも愛でもなく、良心にそむいてでも盲目的に服従せねばならぬ神秘なのだ》と人間どもに教えて聞かせる権利があるわけだ。わしらがやったのはそれなのだ。わしらはお前の偉業を訂正して、それを奇蹟と神秘と権威の上に築きあげた。すると人間どもは、自分たちがふたたび羊の群れのように導かれ、非常な苦しみをもたらしたあの恐ろしい贈り物がようやく心から取りのぞかれたことを喜んだ。わしらがこんなふうに教え、こんなふうにやったことが正しかったかどうか、ひとつ言ってみてくれ。いったいわしらがつつましく人間の無力さを認め、愛の心でその重荷を軽減してやり、かよわいその本性を考慮に入れて、わしらの許可を得れば罪を犯すことさえ許されるようにしてやったのは、人類を愛したからではなかっただろうか。……彼らは永久に服従するということがどんなにありがたいことかを身にしみて知ることだろう! それがわからないあいだは、人間は不幸なのだ。こうした無理解をいちばん助長したのが誰か、言ってみるがいい! 羊の群れをばらばらにして、不案内な道へちりぢりに追いやったのは誰だ? だが、羊の群れはふたたび集まって来て、ふたたび、──今度は永久に──服従するのだ。その時わしらは彼らに、静かなつつましい幸福を授けてやるのだ。彼らがそのように作られたかよい生物にふさわしい幸福を。
 そうだ、わしらは彼らにいさぎよく誇りを捨てよと説き聞かせる。なぜならば、お前が彼らの地位を引きあげてやり、誇りを持てと教えたからだ。わしらは彼らがかよわい者であり、みじめな子供にすぎないことを、だが子供の幸福こそが何よりも甘美なものであることを彼らに証明して見せる。すると彼らは臆病になり、わしらを仰ぎ見て、ひよこが親鳥に寄り添うようにおびえてわしらに身を寄せて来る。彼らはわしらに驚きの目を見張り、わしらにおびえながらも、わしらがあの荒れ狂う数億の羊の群れを静めることができたほど力と知恵に富んでいることを誇りに思うだろう。わしらの怒りにふるえあがり、知恵はしぼみ、その目は女子供の目のように涙もろくなるが、わしらの合図ひとつでたちまち陽気さや、笑いや、明るい喜びや、幸福そうな子供らしい歌声をふたたび取り戻すだろう。なるほどわしらは彼らに労働を強いる。だが、労働の終わった自由な時間には、彼らに子供の遊びのような楽しい生活をさせ、無邪気な歌や合唱や踊りに打ち興じさせる。そうだ、わしらは彼らが罪を犯すことさえ許してやる。彼らはかよわい、いくじのない連中なのだから、わしらが罪を犯すことを許してやれば、子供のようにわしらを愛するだろう。わしらは彼らに言ってやるのだ。どんな罪でもわしらの許可を得て犯した罪ならば購われると。わしらが罪を犯すのを許してやるのは彼らを愛しているからであり、その罪に対する罰はもとよりわしらが引き受けてやる。罰を引き受けてやれば、彼らはわしらを、神に対して自分たちの罪を肩代わりしてくれた恩人として敬愛するだろう。そうしてわしらに対して何ひとつ秘密を持たなくなる。わしらは彼らが妻と情婦を持って暮らすことも、子供を持つことも持たないことも、──すべての彼らの服従の度合いに応じて許しもすれば禁じもする。そうすれば彼らは楽しく喜びを感じてわしらに服従することだろう。良心の最も苦しい秘密でさえも、ことごとくわしらのところへ持ち込んで来る。そこでわしらが何から何まで解決してやれば、彼らは大喜びでわしらの解決を信用するだろう。なぜならば、その解決のおかげで彼らは大いなる心配事や、個人で自由に解決せねばならぬという現在の恐ろしい苦しみを免れることになるからだ。こうしてすべての人間たちが、──彼らを支配する数十万人の者を除く数百万の人間たちが、幸福になるだろう。」
(ドストエフスキー『カラマゾフの兄弟 第二部』)
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