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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<真夏の貞淑

「この土地の地理的位置と高度が結びついて、世界中でも類を見ない風景をつくりだしている。油っ気やゆとりはどこにも見あたらない。それは六千フィートまで蒸留されたアフリカ、つまりこの大陸の、純度の高いエッセンスのようなものだ。すべてが焼け乾いて、素焼きのやきものの色をしている。樹々は薄く繊細な葉をつけ、生えかたがヨーロッパのものとはちがう。葉群は弓形にも円蓋形にもならず、水平にいくつもの層をつくる。ひとつだけ孤立して生えている樹は、こうした形のせいで、いくつもの掌をひろげているように見え、また、帆をひろげた全装備の船のように勇ましくロマンティックに見える。森のはずれでは、森全体がかすかに揺れているようなふしぎな様子を見せる。大平原の草の上には、とげのあるアフリカアカシアのねじまがった古木があちこちに生え、草にはタチジャコウソウとヌマテンニンカに似た薫りがあった。場所によっては薫りがきつすぎて、鼻の中が痛いくらいだ。平原で見る花や原生林の蔓科植物に咲く花はどれも、南イギリスの丘陵の花々のように小さい。ただ長い雨期のはじまりにかぎって、大きく堂々とした、強い匂いのたくさんの百合が、突然平原に現れるのだ。その景色がはてしなく広がる。見るものすべてが偉大さと自由、そして比類ない高貴さをつくりだしていた。
 この風景、そしてその中の暮しの一番の特色は空気である。アフリカの高原ですごしたことのある人なら、あとで思いかえしてみると、しばらくの時を空の高みで生きていた気がして、おどろきに打たれるにちがいない。空は淡い青からすみれ色よりも濃くなることはほとんどなく、そこには巨大な、重量のない、絶えずかたちを変える雲がゆたかにそびえたち、ただよっていた。だがここの空は青い力を内に秘めていて、近くの丘や森を鮮やかな濃い青に染めあげて見せる。日ざかり、大気は炎と燃えたち、いきいきと大地をおおう。そして流れる水のようにきらめき、波うち、輝いて、あらゆるものを写しだし、二重の像をつくり、大きな蜃気楼を産みだす。これほどの高度にいながらも、人間はやすらかに呼吸でき、心臓は軽やかに活きいきと、たしかな鼓動をつづける。この高地で朝目がさめてまず心にうかぶこと、それは、この地こそ自分の居るべき場所なのだというよろこびである。」
(アイザック・ディネーセン『アフリカの日々』)
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