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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<金銭と労働

「お金の問題をちゃんと描くというのは非常に大事なことです。特に近代小説においては、一番大事といってもいいくらいで、逆に云えば、お金の扱いに関してゆるい、そこから逃げているというのが日本文学の一つの大きな弱点なのでしょうね。例えば西欧の近代小説をみていったとき、『ドン・キホーテ』というのが近代小説の最初だとされていますが、これの一番大きな縦軸というのがお金の世界です。当時大航海時代になってスペインに新大陸からお金が一杯入ってくる。一種のバブルのような状態になって、それまで騎士道だとかキリスト教の厳しい信仰で固まっていたスペイン社会が、お金の力によって古い美徳のようなものがどんどん汚されていく。全てお金でやりとりされている世界の中で、お金の価値を信じない、勇気とか寛容さとかを信じているドン・キホーテが狂気の人として現れる。やっぱりこれはお金の話ですね。
 それ以降も近代小説の歴史というのは、お金に関する小説の歴史で、もちろん一番分かりやすいのはバルザックだったり、或いはディケンズもそうですね。お金というものがどういう風に人間性を変えていくのか。逆に云えば、金銭というのは人間の善意とか悪意を超えた力を及ぼす。善意ある人が善意で使ったお金がむしろ悪をなしたり、非常に悪辣で残忍な人間がどん欲からはっした行為をすることによって、全てがうまくいったりする。そういう人智を超えた魔力を持ったお金ですね。お金自体が独自の生命力を持つ、バルザックは金銭の神秘的、魔術的力について書くのが本当にうまいですけれども。
 これはドストエフスキーとかまでずっとそうです。『罪と罰』も抽象的に考えれば、生命の尊厳とか倫理とかロシアの大地とかモチーフは色々あるわけですけれども、やっぱりお金ですね。質屋の婆さんからお金をとってくる。或いはもう一つ非常に象徴的なのはソーニャ、聖なる娼婦ですね。彼女は娼婦としてお金で売り買いされる存在で、ソーニャが一番最初に売春婦になる鑑札をもらってきて、最初の客をとって帰ってきて、テーブルの上に稼いだお金を並べると、彼女の母親が娘の足に一晩中口づけをしているという話がでてきますが、やっぱりこれもお金の世界の話ですね。ドストエフスキーの世界は『賭博者』もそうですけれども、お金の恐さ、逆らえない恐さをずっと描いている。
 …………
 漱石もここでお金の問題に踏み込んでいるわけです。先程述べた〔『明暗』〕百七回辺りの三人のやりとりの凄さというのは、病気や身体のこと、お金のこと、それから男女の愛情のもつれ、これらが一つの場面に絡まっている。
 やはりここは、近代小説の非常に象徴的な場面だと思います。この三つが一緒くたになって初めて、この卓抜した、強力な対話が可能になっているのだと思います。」
(福田和也「近代小説の空間」)
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