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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<人生に抗う

「非常にあかるい小さな月が、槲の梢のあたりに残った夕映えの上に輝いているのが見えた。コニーはすばやく身を起こし、身づくろいをした。きちんとした姿で彼女は小屋の扉の方へ進んで行った。
 森の低い木々は、ほとんど真っ暗といっていいほど影の中に閉じこめられていた。それでも頭上の空は水晶のようだった。しかしそこから光は射してこなかった。その下闇の中を彼は彼女に近づいてきた。彼の顔は蒼白い斑点のように闇み浮き出して見えた。
「ではいこうか」と彼が言った。
「どこへ?」
「木戸のところまでいっしょに」
 彼は自分流に取り決めたのだ。彼は小屋に鍵をかけて彼女のあとからついてきた。
「後悔はしていないだろうね」と彼は彼女の傍らを歩きながら言った。
「いいえ! あなたは?」
「あのことについては後悔していないさ……。しかしほかにもいろいろなことがあるからな」とメラーズは言った。
「どんなことがあるの?」
「クリフォード卿やほかの人たち。例のいざこざさ」
「何故いざこざなの」と彼女は落胆したように言った。
「必ずそういうふうになるものさ。あんたにとってもおれにとっても。必ずいざこざがあるのさ」彼は闇の中をしっかりした足どりで歩きつづけた。
「それで、後悔してるってわけ?」
「そう、ある点ではね」彼は空を仰いで言った。「もうそういうこととは手を切ったと思っていたんだが。またおれは始めてしまったんだ」
「何を?」
「人生〔Life〕を、さ」
「人生!」彼女はその言葉にふしぎな戦慄を感じて鸚鵡がえしに言った。
「人生さ」と彼は言った。「これは直面したら逃げるわけにはいかないものだ。逃げるくらいなら死んだほうがいい。だから無理矢理こじ開けられるのは嫌なんだ、おれは──」
 彼女はかならずしもそういうふうに考えていたわけではなかった。だが……
「これは恋愛です」と彼女は楽しげに言った。
「なんであったとしてもだ」と彼が答えた。
 二人はだまりこくって暮れてゆく森を歩いて行った。やがて木戸の近くまできた。
「でも私を嫌いじゃないの?」それだけが気がかりだというように彼女は言った。
「そうじゃない」と彼は答えた。そして彼はとつぜん、人間を結びつける古くからの感情に駆られて、彼女を胸に抱きしめた。そして言った。
「おれはこれでよかった。あんたは?」
「ええ、私も」と彼女は少し偽って言った。というのは彼女はあまり考えていなかったのである。
 彼は暖かく、優しく優しく彼女に接吻した。
「あまりに多くの人間がいすぎるんだよ、世の中には」と彼は悲しそうに言った。
 彼女は笑った。二人は庭園に出る木戸のところまで来ていた。それを彼は開けてやった。
「ここから先は一人で」と彼が言った。
「ええ!」そして彼女は握手するときのように手を差し伸べた。だが彼はそれを両手で握りしめた。
「また行ってもいい?」彼女は心配そうに言った。
「いいよ」」
(D.H.ロレンス『チャタレイ夫人の恋人』)
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