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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<No Longer Human

「人間を見るときに、いつも「輪郭」みたいなものを睨んでいるような気がする。その人が、どんなかたちをしているのか、ということなのだけれど、俺は特にこの概念を人に説明する必要がなかったので、うまいこと言葉で説明できるかどうかわからない。俺にとって「輪郭」といったら、それは一意的に決まっているものだからだ。
 …………
 「輪郭が崩れている」「輪郭がしっかりしている」「輪郭しかない」みたいな使いかたをする。外見や内面をも含めた総合的な指標であるらしい。その人の意志がスタイルとなって外見や言動の端々まで行き渡っており、トータルで「ああ、この人らしい」という感覚を得られるかどうか、ということだ。
 「輪郭」と「内実」というものが、対になる概念だ。内実が充実し、外から見ることができる「その人」を形成しているようなときに、俺は輪郭がしっかりしているという感覚を持つものらしい。もちろん、この場合の「充実」とは、たとえば精力にあふれ、活動的で、前向きで、というようなことをまったく意味しない。その人が塗炭の苦しみのまんなかにいても、その苦しみが、ただその人が存在することにより、どうしようもなくその人に宿るものならば、俺の目には「充実」と映る。つまり、この概念は当人の自覚とまったく無関係で、ただ観察する俺だけが定義するものだ。
 …………
 「輪郭しかない」というような場合、この内実にあたる部分に、その人自身に由来しないようなものが入っている場合だ。どんなに紳士然としている人でも、このような人はすぐに見分けがつく。その人は、信じていないことを言う。「そうあるべきだ」と言う。彼にはルールがある。そのルールは彼が作ったものではない。外部から来たもので、それが「べきだ」という言葉になって表現される。その言葉を叩いてみるなら、内部の空洞にうつろな反響が響く。彼にとってルールは天与だ。天与なのだから、それは万人に平等に課されるべきなのだ。
 そうした人々を見るとき、俺は甲殻類のようないきものをイメージする。きちんとした服装も、しっかりした教育も、おいしい食べ物を提供する店に関する情報も、すべては彼らの殻を構築するためにある。
 …………
 輪郭が崩れている人々を見ることは、つらい。それらの人々は「しかたない」という言葉を使う。ものごとはすべて、なるようにしかならなかったからだ。そこでは、意志と欲望は同一のものだ。彼らは欠落している。それはやりたいことをやるために必要なものが欠落しているわけではなく、「しかたない」というかたちで、どこかへ放り出してしまったものが欠落しているのだ。だから、満足を知らない。」
(G.A.W.「いつも人間の輪郭を見ている」)
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