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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<オリンピック万歳

「祝典にお集りの皆さん! わたしは、ご承知のとおり、世界記録を保持しております。しかし、いかにしてこれを達成したかと尋ねられますと、ご満足のゆくようなお答えはできそうにありません。と申しますのも、そもそも泳ぐということが、わたしにはできない。ずっと以前からなんとか習得したいと思っていたのですが、その機会がついに見つからなかったのです。だのに、そのわたしが祖国からオリンピック大会に派遣されたのは、どうしてでしょう? この疑問には、当のわたし自身が苦しんでいるのです。さしあたってわたしは、ここがわたしの祖国でないこと、ここで話されていることはただの一語として、どんなに注意していても、わたしには理解できないことを、確認せざるをえません。そこで次に当然考えられることといえば、なにかとんでもない手違いが生じてしまったとみなすことでしょう。ところが、手違いなど生じてはいない。わたしは記録保持者であり、わたしの故郷に来ており、皆さんがお呼びになるとおりの姓名をもっています。ここまでは、すべてが整合している。ところが、そこから先が全然合わない。わたしはわたしの故郷にいるのではない。わたしは皆さんを存じあげないし、皆さんのことばも理解できない。もうひとつ、手違いが生じたかもしれないという可能性に、正確にではないが、どうみても反する事実があります。すなわち、皆さんの話を理解できないことが、わたしにとってあまり苦にならず、皆さんのほうも、わたしの話を理解できないことがさほど苦にならない様子だ、という事実です。先刻、わたしの前にお話しくださった方のスピーチにしても、わたしに判ったのは、それが絶望的に悲しいものであるということだけでした。しかし、それだけのことが判るだけでも、わたしにとっては充分どころか、多すぎるのです。この会場に到着してからわたしが交わしました会話も、すべて、これと似たり寄ったりだったのです。」
(カフカ「断片──ノートおよびルース・リーフから」)
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