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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<絶望=欲望の永劫回帰

「父親の宣告した死刑判決は次の通りである。
「自分の他に何があるのか今こそお前は思い知っただろう。今までお前は自分の事しか知らなかった。本当は、お前は罪のない子供なのだ。しかし、もっと本当の事をいえば、お前は悪魔のような人間なのだ。だからよく聞け、私はお前に溺死刑の判決をくだす」
 この死刑判決こそ、カフカが初めて自ら正当と認めた自己把握であり、カフカ文学の出発点になったものである。「Bauernfanger」や自叙伝における失敗の後、カフカは彼にとって真に精神的現実である「絶望」を定着することに成功した。それは「願望」に駆り立てられ、罪ある自己についての意識、すなわち「絶望」を繰返し失う人間の中になおかつ存在する「絶望」であった。ロシアへと出奔せざるを得なかった男の「心の兄弟」であるゲオルク・ベンデマン〔「死刑判決」の主人公〕は幸福な市民たらんという願望のため自分を罪なきものと思い込み、事実、不安のささやきに苦しめられることがなければ完全に無邪気な人間として、結婚と独立の目前までやって来る。そこで罪意識を全く欠いた彼の心に有罪判決が鳴り響くのである。それはまず何よりも彼が自己の本質を裏切った事であり、次いで、彼がなおかつ無意識に、それ故一層無制限に自己の本質に従って、親しい人々を苦しめた事である。しかし、このような有罪判決は罪意識を欠いた彼にとっては甚だしい不条理としてしか体験されない。だが同時に、彼の意識の空白はこの不条理に抵抗出来ない。不安がたちまち空白を満たして、このあるはずもない罪について彼を納得させてしまう。これがカフカの定着した「絶望」であり、後のカフカ文学、特に「審判」や「城」の基調をなす体験なのである。
 このような「絶望」と罪の形態は現代においてようやく明白な体験の現実となったものであるが、カフカはそれを小説において最初に定着するまでに日記が始まって以来二年余り、実際には恐らくそれ以上長きにわたって、書く事の不能に耐えねばならなかった。それは真に「コロンブスの卵」的な功績であった。絶望を失う事がなおかつ絶望であるという認識自体はすでに十九世紀中頃にキルケゴールによって思惟的に得られていたのである。ただ、精神的な現実をまだ十分に把握していたキルケゴールはこの絶望の形態を精神的に最低の段階のものとして、容易に克服し得るものとして、イロニーをもってしか語り得ぬものとして示し、通り過ぎた。彼の本来の関心は自己についての意識のもっと高まった、孤独な精神化の果における絶望の問題に向けられていたのである。そして、世紀末から世紀初めにかけてこのような「絶望」を求める精神は、キルケゴールからの直接的な影響の有無に拘らず、自己についての尖鋭な意識を求めるさまざまな態度の中に、さまざまな精神の高貴さの追求やペシミズムの中に生きていた。しかし、キルケゴールのそれを始めとしてこれらの「絶望」の追求は形而上学的な体験、特に神体験に最後の現実の保証を得ているのであり、それ故、神体験が失われ、それを中核としたイデーの現実が失われた時には、「絶望」の追求はただ苛酷な自我至上主義の恣意に接するのである。そしてそれと同時に、今まで精神的に克服されていた「願望」が同じ恣意を回復し、恥辱として、下からの侵蝕として精神を脅かすのである。人は「願望」によって自己を繰返し駆り立てさせてはならぬいわれを再び見出せなくなる。勿論、このような精神的現実の危機に精神の側から直面した思想家達、詩人達は多い。彼らは精神の崩壊の危機に早急に促されて、さまざまなニュアンスを持った思想や象徴を展開した。しかし、カフカの如く精神的現実の崩壊を直接に書くことの不能として、思考を展開させることの不能として受け止め、その不能の中に自己をゆだね、なおかつ新しい生成を願った作家はすくなかった。それを可能ならしめたのはカフカにおいて並はずれて著しい、精神的現実を脅かす恣意への感覚、洞察力であった。それによってカフカは明晰な思考が行うのと一風別なやり方で幻滅を次々に引き寄せたのである。しかし、「お話にならぬ」状態の認識にも拘らずなお彼をして倦きずに新しい現実の把握へと向かわせたのは彼の中の「願望」の力であった。すなわち、彼が人間を屈辱的に駆り立て続ける不条理な「願望」を根本においては精神的にも拒絶しなかった事であった。「死刑判決によってさえカフカは精神的な決着をつけてしまわなかった。彼は「死刑判決」によって一度確認された「絶望」に固着してしまう事なく、繰返しそれを「願望」によって失わせた。……「父への手紙」や「ミレナへの手紙」の中で見られる苛酷に保たれた自己意識もたちまち「願望」の侵蝕にゆだねられる。そして、「審判」や「城」に見られ、カフカ文学の根底のリズムをなす《Und so weiter, weiter》という言葉に見られる、果てしない反復が続く。しかし、そのようにしてカフカは「恐怖と戦慄」をもたらす精神の問題を日常的な心の動きの中に現実化する事が出来たのである。」
(古井由吉「「死刑判決」に至るまでのカフカ──ある詩人の「絶望」に至る過程」)
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