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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<ファッションテロリスト→内在的懲罰

「芝居が人生の代りをする所では、衣裳が肉体の代りをする。衣服の問題が〔『城』の〕Kにとって異常な重要性を帯びるのはそのためであり、また、実に深刻な事態が進行するこの小説において、モードに驚くべき位置が当てられているのもこのためである。Kの視線が見通せない表面にたえずぶつかるかぎり、モードは彼にとって根本的な問題であり、ほとんど認識手段に近い。というのは、衣服は肉体を包むのでなく、人柄全体を包み隠すと同時にそれを現出するからである。それは実利的な、または純粋に審美的な物体ではなく、多数の意義の集合が実に一つの価値体系を築くための支えである。したがって、通常の言語表現と共同して、もっと正確にといわないまでも、同じ程度に、解釈されることを要求する一つの言語表現である。
 Kが衣服に象徴的価値を付与するのは、彼のどうにも抜きがたい確信によるが、その確信とは、明白なものと隠れたものとの間に密接な関係が存在して、外観はいかにまやかしでありえても、真実の一部をかならず含んでいる、ということである。人間の一番外面的なものであると同時に一番内面的なものである衣服は、あたかも精神化された包み、肉体と精神との連結符、人間の真実全体を示す誤りない指標として、彼の前に現われる。半ば秘密な、だがそれなりに雄弁な言語としての人間の衣裳は、一つの文法的論理、統辞論、意味論を持ち、その諸規則は本物の知識の対象となりうる。少なくともこれがKの希望であって、彼はいかなる規則も所持しないが、以上の規則は頼りにできると信じている。
 珍しくこの意見は村の世論と部分的に一致する(ちなみに、世論が彼に反発するのは彼がぼろを着ていたからだったことを思い出そう)。事実、極貧がこの小さな共同体のくじ運であることを考えると、衣裳は住民の社会生活において全く注目すべき、驚くべき位置を占めている。衣服産業に関連する一切のものが高く評価されて、バルナバスの父親は靴屋の職業のおかげで、失脚前に世間の羨望する地位を得ていたはずである。おそらくこの一家の不幸は、ブルンスウィックという競争者の陰険な工作から簡単に説明されよう。この男はそれ以来、重要な人物、いわば村の政治的陰謀家となった(この貧しい地区に二人の靴屋がいた)。アマーリアは明らかに洋裁師としての熟練から高い評判と文句なしの権利を得ていたし、またオルガは、弟が使者という仮定の職務のために靴屋の身分をないがしろにすれば重大な過ちを犯しはしないかと心配する(それにしても大げさな意見だとKは思う)。一般に、村の人たちは衣服の問題に極端に心を奪われた様子を見せる。彼らは止めどない会話のなかでその問題をKに打ち明けるが、それを集めればそれだけで一冊の小さな本ができよう(これはこの小説のアイロニーの一つであって、理想を追求する主人公が、服やぼろ着について真剣に語ることにかなりの時間を費やす)。……
 注目すべきことだが、城はそこに所属する者や協力者にいかなる種類の制服をも課してはいない。召使はお仕着せを持たないし、秘書たちは、われわれが知るかぎり、ごくブルジョワふうの身なりをしているし、クラムは、長い裾のついた黒の上着をいつも着ている(これは彼のエロチックな領域ほどには世間に知られていない死の領域への暗示である)。助手とバルナバスは各種の履物をはき、宿屋の亭主の一人は、顎のところまでボタンをかけた黒い服を着ている。実際、村で尊重されたモードは、奇態な性格とはいわないが、多彩なことで人を驚かす。なぜなら、町方の身なりと農民の恰好、時代がかった衣裳(助手たちのぴったりしたズボンは中世風である)、聖職者風の服装と都会風の衣服、世紀末の安物の装身具とブルジョアの儀式や祭式に欠かせない装飾である黒い上衣、これらが並存しているからである。年代や型だけでもすでにちぐはぐなのに、これらの衣服は良識や用途を無視して、いつも季節はずれに着られている。夏のドレスを冬に、上衣を昼も夜も、華美な衣裳を宿屋の部屋で着る、といった具合である。しかし、まさにそのために、これらの衣服は恒久的であって(紳士荘の女将を除いて、だれも着替えない)、その所有者と一体化するほどに密着して、いわばその人の魂の、触れることのできる外形となる。
 城は制服を課さないとしても、この点では城の統合力というよりその活動の乱れを示すのだが、その代りに《公式の》服装を作り、その規定はむろん知られていないが、全員が従うべき衣服上の礼儀を定める。酒場の女給仕であるためには、しかるべき服装をすべきであるが、どんな風にかは告げられない。使者の《公式の》服装がバルナバスのものとどの点で違うか当事者でさえわからない。それは推測されるべき事柄である。その見当を付けるには勘が必要であり、勘のない者は礼儀を犯し、その結果、自動的に罰せられる(換言すれば下級の職位にとどまる〔城の掟の特徴は一般に批准の自動性にある〕)。衣服上のタブーは内在的懲罰を伴い、礼儀の遵守は確実な成功を伴う。城はこの問題に例のごとく秘密裡に介入し、慣例が立てたものを批准するにとどめる。城に所属する者はけっして服装が良いとか悪いとかいうことはない。彼らは間違っている、すなわちふさわしくないので下級であるか、それとも彼らは正しい、すなわちふさわしいので有力であるかである。」
(マルト・ロベール「最後の使者」)
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