「書くことはなにもない。文字でいうことはなにもない。フォルムでなら、ある、ただもう、よい。立ってぐるぐると回転する、激しく、さあ、波紋よ、ナイフよ、黒い大地を、焼ける大地を、砕くように速足で進む馬よ。私たちはどこから生まれたのか? 私にはまったく分からない、どこでもない場所から、いたるところで、どこからでも、空気のなかで、火のなかで、どこからでも、寒い、女たちの腹から、眼が眠っている、洞穴で眠っている、そうか、しかし太陽はどこか。他の場所、時を打つ鐘の音響く夕暮れの道、そして、穏やかな、静かな煙、わずかに。他には? 他にもなにかないか? 小さな時計がきらきら光っているのに、私の頭には風の音が響く。きのう、きょう、時間? 空間? 人間たちは、どこなのか? すべてはどこにあるのか。なにも見えない。時間は? 時間は動かない。空間は? 幻影と妄想だ。私たちの身体は、どこか。私たちの身体、空気! 運動? ひどくゆっくりしている! なんという緩慢さ、ぼんやりした、記憶! で、その後は? すべてが崩壊し、生き、動き、戻ってくる。すべてが戻る。なにも起こらなかったのだ。なにも起こらないだろう。ぐるぐると回転するもの……。」
(ジャコメッティ『エクリ』)