忍者ブログ

Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<現実=夢=現実

「リベラルな多数派にとって二〇一六年のアメリカ大統領選挙は、選ぶべき人物が誰であるかがきわめて明確な選挙であった。つまり、トランプという人物は救いようのない馬鹿、われわれの最悪の人種的、性的偏見を利用する野蛮人、みじんの礼儀も知らない男性優位主義者であり、だからこそ共和党の大物政治家でさえ彼を一斉に見かぎった……というわけである。しかしながら、われわれは当然この民主主義的な〔クリントンを軸にした〕コンセンサスに不安を覚える。われわれは一歩身を引いてみて、みずからをかえりみるべきである。この民主主義的団結には実に様々な人々が参加しているが、いったいどれがその真の「特徴」なのか。ウォール街で働くひとから、〈ウォール街を占拠せよ〉運動の生き残りであるサンダーズ支持者まで、大企業から労働組合まで、退役軍人からLGBT+まで、(地球温暖化を否定するトランプに戦慄した)エコロジストや(史上初の女性大統領誕生に期待する)フェミニストから(トランプの支離滅裂さや、彼のいい加減な「扇動的」提案に恐れをいだいた)共和党の「上品な」有力政治家まで、ここにはあらゆる人々がいる。しかし、トランプの立場をユニークなものにしているのは、まさに彼の支離滅裂さである。例として、LGBTや堕胎に対する彼の立場のあいまいさを思いだそう〔オーランドの銃乱射事件のあと、事件のLGBTの犠牲者に対し、トランプは思いやりのあるあいまいな態度を見せた。また、彼は女性の堕胎する権利を保障したロー対ウェイド裁判の最高裁判決の取り消しに賛成していない。トランプは、共和党のキリスト教原理主義、同性愛嫌悪、反堕胎というイデオロギーには依拠していない〕。
 ……人種差別と女性嫌悪というトランプのスタイルは、彼が共和党の保守的、原理主義的ドグマを破壊する原動力になっている。トランプはたんなる保守的原理主義者の候補ではない。彼は保守的原理主義者にとって、「理性的で」穏健な共和党員よりもはるかに危険な脅威である。もちろんこの複雑さは、左翼リベラル派がよくやるトランプの悪魔化においては消えてしまう。……
 …………
 トランプの大統領就任演説は、言うまでもなくイデオロギーの極みであった。その単純であからさまなメッセージは、誰がみても明らかな一連の支離滅裂さに基づいていた。よく言われるように、悪魔は細部に宿る。……彼はグローバルな警察官の役割からは手を引くと語るが、イスラム教徒によるテロリズムの撲滅、北朝鮮による弾道ミサイル実験の阻止、南シナ海の島々を占領する中国の封じ込め……を約束する。したがって彼の演説から得られるのは、人権と民主主義というマスクを被っていない、アメリカの利益のために行われるグローバルな軍事的介入である。一九六〇年代において、初期エコロジー運動のモットーは「グローバルに考え、ローカルに行動せよ!」であった。トランプはそれとは正反対のこと、「ローカルに考え、グローバルに行動する」ことを約束する。
 「アメリカ・ファースト」というスローガンを批判するリベラル派は、どこか偽善的なところがある。彼らは、これはどの国でも多かれ少なかれやっていることではないかのように、アメリカが自国の利益にこだわったためにグローバルな役割を果たさなかったかのように、批判するのだ。にもかかわらず、「アメリカ・ファースト!」の根底にあるメッセージは悲しいものである。それは、アメリカの世紀は終わった、アメリカはあきらめてその他大勢の(強)国の一つになった、ということである。グローバルな警察をきどるアメリカを長年批判してきた左翼は、アメリカが──偽善をともないつつも──民主主義という規範を世界に押しつけていた昔の時代をなつかしむかもしれないが、これ以上のアイロニーはない。
 トランプの就任演説を興味深い(そして効果的な)ものにしているのは、その支離滅裂さがリベラル左翼の支離滅裂さを反映していることである。トランプの統治がはじまったいまも、状況はあいまいなままである。広い範囲にわたる反トランプ戦線がアメリカおよび世界で徐々に形成されつつある。とくにここで強調すべきは、女性がおそらくは政治的抵抗の主力として(合衆国だけでなくポーランドにおいても)台頭していることである。ここでは以下のことが大きな問題となる。この抵抗はリベラル左翼に取り込まれてしまうのか、それとも、リベラル左翼を超えた射程をもつのか。……
 この緊張状態を示す事例として、民主党の政治家ナンシー・ペロシに関連した最近の出来事がある。CNNによって放映された、二〇一七年一月のタウンホール・ミーティングで、ニューヨーク大学の学生トレヴァー・ヒルが彼女に質問をした。「ぼくの経験から言うと、若い世代は経済問題に関しては左翼よりになってきています。民主党が社会問題に関して左翼よりになってきたのをみて興奮しています。ぼくはゲイとして、あなたがぼくたちの権利のために戦っているのをみて、多くの民主党のリーダーがぼくたちの権利のために戦っているのをみて、頼もしく思います。ところで、民主党はさらに左翼よりになってポピュリズム的なメッセージを発する可能性があるとお考えでしょうか。オルタナ右翼が右翼の側でポピュリズム的な流れをとらえているのと同じようにです。われわれは右翼的な経済学とはまったく違うものをつくれるとお考えでしょうか」。この質問にはすぐに次のような答えが返ってきた。「質問はありがたいのですが、わたしたちは資本主義者であると言わざるをえません。それが現実です」。われわれが本当にトランプを打倒するつもりならば、(「それが現実です」という自動的な資本主義の受け入れからの)断絶はまさにここにおいて起こるはずである。」
(スラヴォイ・ジジェク『絶望する勇気』)
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
trounoir
性別:
非公開

P R