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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<夢=現実=夢

「……トランプの勝利に不安をいだくリベラル派は、実のところ、政治が極右化することを恐れているのではない。彼らが実際に恐れているのは、実際の根源的な社会的変革である。再びロベスピエールをもじって言えば、彼らはわれわれの社会生活が不公平であることを認める(そして憂慮する)が、それを「革命なき革命」を通じて矯正したいのである(これは、カフェイン抜きコーヒー、砂糖抜きチョコレート、アルコール抜きビール、暴力的な軋轢なき多文化主義、等々を提供する今日の消費主義と正確に対応している)。これは要するに、現実的な変革なき社会変革、誰も実際には傷つかない変革、善意のリベラル派が安全なまゆにくるまったままでいられる変革というヴィジョンである。クリントンが勝っていたら、リベラルなエリートから安堵のため息がもれたことは想像に難くない。「やれやれ。悪夢は終わった。大惨事にならずに済んだ……」と。だが、そうした安堵をもたらす事態になっていたら、それこそ真の大惨事の徴候であっただろう。なぜならそれは結局、次のような安堵に行きつくからである。「やれやれ。大銀行の利益を代表してくれる、体制派に属する冷戦時代の政治家が大統領になった。危機は去ったのだ!」。あるいは、さらに当てつけがましく言えば、「危機は去った。これでほっとできる。そして引き続き、大惨事への道を粛々と歩いて行ける……」と。
 …………
 こうしたゲームは終わりにしなければならない。中国におけるエアポカリプス〔airpocalypse 空気+黙示録の合成語。2016年末の中国のいつくかの大都市でのスモッグ公害を指す。北京の当局はこれを気候災害の一つに数え、関連産業の責任を免除し、スモッグを常態化させた〕は、現在支配的な環境保護主義の限界、大災害の予想と日常の生活習慣との、罪の意識と無関心との、この奇妙な結合の限界を明確に示している。遺伝子組み換え作物の例をとりあげよう。ここでは、利点と欠点をめぐる際限なき議論に入り込む代わりに、そこから一歩身を引いて、モンサントのような大企業が押しつけてくる社会的、経済的変化に注目すべきである。農民が自分で使う種を購入しはじめると、農業的再生産の自給自足的なサイクルが破壊され、農民は繰り返しモンサントから種を買わざるをえなくなる。その結果、麦の栽培などのような単純なサイクルは、擬似独占企業的な位置にある大企業によって、いやおうなく「媒介」されることになる。これはコモンズの私有化の一例ではないか。
 この渦巻に巻き込まれないようにするには、どうすればよいのか。生態系の大災害の脅威においてもグローバルな戦争の脅威においても、最初になすべきことは、われわれが引き受けねばならない「戦略上のリスク」をめぐる似非合理的なむだ話をやめること、そしてもちろん、歴史的な時間は様々な行為の選択からその都度一つを選ぶことを強いられる単線的な進化のプロセスである、という考えを捨てることである。われわれは脅威をみずからの運命として受け入れねばならない。これは、リスクを避けグローバルな状況の内部で正しい選択をするという問題ではない。真の脅威は状況全体のなかに、われわれの「運命」のなかにある。われわれが現状のまま「取りかかり」続ければ、どんなに注意深く進んでいこうとも、行く先には破滅が待っている。したがって解決策は、注意深くなって危険な行為を避けることではない。そんなふうにふるまえば、われわれは大惨事をもたらす論理のなかに完全にはまり込むことになる。解決策は、状況全体を危険なものにする一触即発の相互関係の総体を十分に自覚することである。われわれはこれを行ったうえで、……状況全体を枠組みを変えるという長く困難な仕事に乗り出すべきである。そこまでしなければ、事態は好転しないだろう。
 …………
 ……『夢解釈』においてフロイトは、ある恐ろしい夢を報告している。若い息子を収めた棺のそばで夜通し起きていた父親が疲れて眠りに落ち、こんな夢をみる──息子が炎につつまれて父親のほうに近づいて来て、恐ろしい非難の言葉をかける、「お父さん、ぼくが燃えているのが見えないの」。この直後、父親は目を覚まし、ろうそくが倒れたために、死んだ息子を包んでいる布が燃えていたことを発見する。つまり、父親が眠っているあいだに吸った煙が、燃える息子というかたちで夢のなかに取り込まれ、彼の睡眠を長引かせていたのである。ということは、外的な刺激(煙)があまりにも強くて夢のシナリオに収まらなくなったときに、父親は目覚めたのか。むしろ逆ではないだろうか。父親は最初、眠りを長引かせるために、つまり不快な目覚めを避けるために、夢を構築した。しかし、彼が夢のなかで出会ったもの──文字どおり焦眉の問い、父親をとがめる気味悪い息子の幽霊──は、外的現実よりもはるかに耐えがたいものであった。だから父親は目を覚まし、外的現実に逃避したのである。なぜか。夢を見続けるためである。つまり、息子の痛ましい死に対する罪悪感という耐えがたいトラウマを避けるためである。……
 二〇一六年の大統領選挙は、自由民主主義の最終的敗北、より正確に言えば、いわゆる左翼フクヤマ主義の夢の最終的敗北であった。そうであってみれば、トランプの就任演説に対するリベラル派の反応が基本的に世界の破滅を思わせるヴィジョンに満ちていたことは、不思議ではない。」
(スラヴォイ・ジジェク『絶望する勇気』)
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