「 (おまえたちの進歩など糞くらえだ)
「おのおの神の名において」
ジブラルタルの会堂では
いつの頃かその初期は
ユーモアの意識が広まっていたらしい
だが少なくとも律法の巻物だけは尊んでいた
律法から、律法によって、救いは来る
単価八ドル五〇セント、単価八ドル六七セント、それぞれ正し
い金で畑を買え
(値段の)「物差しと枡においても少しの不正もなく」
クリスチャンたちは自慢する必要はない
「レビ記」をかれらが書いたなどと
とくに第十九章を
「正義をもってシオンを贖うべきだ」
田吾作や有象無象の幼稚な犬歯をだます代わりに
なぜ律法を建て直さないのか
犯罪者たちは知的な興味が欠けているって?
「おい、スナッグ、聖書の巻をぜんぶ
言ってみろ」云々
「ラテン語だって? おれもラテン語はやったぞ」
黒人の殺人犯が同房の仲間にそう言っていた
(その二人のどっちが言ったかははっきりしないが)
「さあ来い、チビ助」と小柄な黒人の若者が
でかいほうに言った
「ふざけてるだけさ」 死ぬ前には淫売は不要だ
(それが進歩だ、この阿呆だれ、進歩と呼びたければ呼ぶがいい)」
(エズラ・パウンド『ピサ詩篇』)