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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<自虐の美徳

「社会は、邪悪である方が好都合であるような状況のなかにたえず私たちをおく。虚栄心によって、私たちは、自分たちが生まれつき邪悪であると信じようとする。しかし真実はもっと手におえない。私たちは、それと知らずに、それに気づきさえしないうちに、邪悪になる。私たちが誰かの相続人であるとき、無意識のうちに、どうにかして彼が死ぬことを願わずにいることは難しい。「このような状況においては、どんなに美徳にみちた誠実な愛を抱こうとも、われわれは、遅かれ早かれ気づかないうちに脆弱になり、魂においては正しく善良であることをやめてはいないのに、事実においては不正に、邪悪になる。」……
 …………
 邪悪であることに利点があるような諸状況は、どのようにして避けられるだろうか。おそらく、強靭な魂は、意志的行為によって、状況そのものに働きかけ、それを変化させることができる。たとえば、親の死を願うような状況にあることを避けるために、相続権を放棄するのである。……しかし、彼自身の告白によれば、ルソーは強靭な魂などではない。彼自身が高潔であるというより、彼は高潔さを好んでいるだけだ。遺産相続に関することをのぞけば、前もって意志的に何かを放棄するには、彼には想像力がありすぎる。したがって誘惑的な状況を避けるため、あるいはそこから脱出するためには、すべてを、彼自身の不健康さえも利用する。彼自身、膀胱の病がいかに、彼の道徳的な大改革において本質的な要因であったか表明している。王の前で不器用にふるまうことを恐れて、彼は年金を放棄する方を選ぶ。病いはユーモアの源泉として彼を刺激するのである(ルソーは、後のセリーヌにも似た活気を見せて、耳の不調について語っている)。しかしユーモアは道徳の裏面なのである。王の年金受給者になるよりは、むしろ写譜者であること。」
(ジル・ドゥルーズ「カフカ、セリーヌ、ポンジュの先駆者、ジャン=ジャック・ルソー」)
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