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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<弁護しない弁護士

「繰り返すが、啓蒙、すなわち法ないし正義を拠りどころとして「神話的暴力」に対抗するというのは、カフカの目指す方向ではない。彼が想定しているのは、拠点をどこにも据えず、「神話的暴力」をやり過ごし、いわば骨抜きにしようとする方向性である。カフカは、啓蒙それ自体が神話に逆転することをとことん見抜いている。それゆえベンヤミンは、ブツェファルス〔カフカの短篇「新しい弁護士」に出てくる馬の弁護士〕の読書は、「啓蒙の暴力」に対する批判として正義を求める類いのものではなく、むしろ正義も目標も立てない、まるで実践の役には立たない「勤学」であることを強調し、これが真の意味で「正義の門」だと言うのである。「神話に対して、正義の名のもとに差し向けることができるのは、ほんとうに法なのだろうか。そうではない。ブツェファルスは、法学者として、自らの根源に忠実でありつづけてはいるが、ただし──この点にカフカの言う意味でのブツェファルスの新しさ、弁護士たるものの新しさがあるのかもしれないが──法の実践使用は行なっていないようである。もはや実践に使用されず勤学されるだけの法、これこそ正義の門にほかならない」。法を実践せず「勤学」に励むだけのブツェファルスの姿は、法学博士でありながらものを書きつづけていたカフカの姿と重なる。ベンヤミンは、こうしたブツェファルスないしカフカの反転の方向を、「現実生活を文字へと変える勤学の方向」だとも言う。「文字」とはむろん、アレゴリーとしての──反転可能性を秘めた──撹乱的解釈、何ものにも依拠しない白紙からの探索に通じている。」
(道籏泰三『堕ちゆく者たちの反転──ベンヤミンの「非人間」によせて』)
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