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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<掟と詩

「実際、フーコーの〔ルジャンドルへの〕批判には奇妙な脱落がある。この批判の時点で出版されていたルジャンドルの二冊の初期著作においてすらはっきりと現れている、「儀礼」についての議論がまったくそこには存在していないのだ。……ルジャンドルはその著作すべてに渡って繰り返し語ってきたのだった。中世以来、ヨーロッパの規範は、身体を直接操作する儀礼(たとえばヨーロッパ各地に見られた憑依のダンスや、特に特権的な例とされるユダヤ教の男子割礼など)を異端視し排除してきた。そのことによって西欧は書かれたものとしてのテクストの読解を、つまり言語的なもののみを法の受肉化として考えてきたのであって、それは〈中世解釈者革命〉以後のヨーロッパだけにしかない偏向であると。そしてこの儀礼的な身体の操作を行いながらそれを論ぜず見ないことによって、近代にまで流れ着くヨーロッパ的な「発話する否定的な権力」は動作するのだと。そしてルジャンドルはこう言う。この身体を目標とする儀礼性の抑圧によって、つまり自らの儀礼的機能を消去したと考えることによって、産業主義的近代社会は自らが宗教として機能していることを快く忘れることができる、と。要するに、権力が身体や環境や社会の装置を操作することは、ルジャンドルの語彙では「儀礼」なのであり、ルジャンドルはヨーロッパの規範の思考においてそれが過小評価されてきたことを、……フーコーの批判の前からすでに指摘しているのだから、フーコーの批判は宙に浮いてしまうことになる。そう、ルジャンドルが法を「否定的な」「言語による」「発話」だけに限ったことはない。どころか、「われわれが法と呼ぶもの」という印象深い言い方をして、まさに法という概念化自体を「括弧に」入れさえするのだ。それを「法」と思ってしまうのは、われわれのヴァージョンにすぎない。……そしてフーコーは法が詩的な言語で語られることがありうることを勘案していない。そう、儀礼の抑圧によってのみ成り立つ言語的な法の概念化がヨーロッパのヴァージョンにすぎないと口にしその限界による偏向を批判しているルジャンドルを、あの鋭敏極まりなりフーコーがなぜああした言い口で批判できたと思い込めたのだろうか。……再び言おう、ダンスのような祝祭的な儀礼性と、フーコーがあげている監獄、学校、病院、工場のようなさまざまな規律的な権力の身体攻囲あるいはセキュリティ装置における競争がわれわれの思考のなかで何か結びつき難いとすれば、それはわれわれ自身が〈中世解釈者革命〉の余波のなかにあって偏向しているからにすぎないと。現にルジャンドルの著作には、学校や工場、軍隊の儀礼性の例証が存在するのだから。〔……フーコー自身が気がつき折りに触れ指摘していることなのだが、こうした「規律的生政治」「統治性」はほぼすべてが起源として宗教的儀礼を持つ。規律権力の時間性および挙措の統制は修道院に由来し、生権力はキリスト教の司牧権力に由来し、そもそも病院の起源も修道院であって、その主人が医者になったのは近年のことにすぎずいまは看護師と名を変えている修道士こそがそこでは実験を握っていたのだ云々。また、統計学史上の常識に属することだが、人口統計学の父ヨハン・ペーター・ズュースミルヒの二冊の著作の題名は『人類の誕生死亡生殖による変容に存する神の秩序』『人類の変容における神の秩序』であり、それは人口調査のために各地の教会に集積された「教会簿」を最大限利用したものだったことを指摘しておこう。〕
 だから、ルジャンドルにとっては、フーコーのいう規律権力や生政治、いやそれを越えて統治性の問題系は、儀礼の歴史上の一ヴァージョンであって、よってそれが法と反するものにはならないのである。……厳密に近代行政史を跡づけるとともに法制官僚としてアフリカのイスラーム学校を擁護したルジャンドルなら言うだだろう。国家理性、ポリス、リベラリズム、ネオリベラリズムと。もうそろそろそういうのは止めにして、ダンスをすることが統治であるような統治性というものがありえないか考えてみようではないか、実際にアフリカの人々はそうしてきたのだから、と。映画の愛好家でもある彼は、ドゥルーズに映画を教えたことで有名な友人の映画批評家セルジュ・ダネイとの対話で、映画を「産業システムの詩的な留め具」と形容しつつ、しかしそれがマーケティングの「プロモーション」によって窒息している現状を憂いて、「われわれの詩的な法権利はどこにあるのか」と語りかけている。映画による統治性、それも考えられるかもしれない。それの何がいけないだろうか。」
(佐々木中『夜戦と永遠』)
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