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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<強度的一人称複数

「フーコー当人からして、すでに正確な意味で人称とはいえないような人物だったわけですからね。とるにたりない状況でも、すでにそうだった。たとえばフーコーが部屋に入ってくるとします。そのときのフーコーは、人間というよりも、むしろ大気の状態の変化とか、一種の〈事件〉、あるいは電界か磁場など、さまざまなものに見えたのです。かといって優しさや充足感がなかったわけでもありません。しかし、それは人称の序列に属するものではなかったのです。強度がいくつも集まったような状態。……フーコーの文体を成り立たせる強度の言語。これもシュレーターとの対談に出てくることですが、フーコーは「愛情」と「熱情」の対比を敷衍してみせ、自分は熱情の人であって愛情の人ではないと述べています。……愛情と熱情の区別は恒常性と非恒常性の方向でなされているのではない。いちおう同性愛と異性愛を話題にしてはいますが、かといって同性愛と異性愛の対比をおこなっているのでもない。フーコーが述べているのは、むしろ、個体化はふたつのタイプに分かれるということなのです。一方の愛情は人称にしたがって個体化をとげ、もう一方の熱情は強度によって個体化をとげる。あたかも熱情が人称を溶解させたかのように。しかしそうすることによって未分化の状態に陥るのではなく、いつも相互に相手を包みあった、可変的で連続した強度の場に浸されようになるのです。」
(ジル・ドゥルーズ「フーコーの肖像」)
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