忍者ブログ

Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<ポリーちゃんの失敗

「だが、この埋葬に私がどんな貢献をしただろう。穴を掘ったのは彼女だ、そのなかへ犬を入れたのも彼女だ、それを埋めたのも。結局、私はその場に立ち会っただけだ。私はそこにいたという貢献をしただけだ。まるでそれが私の、私自身の埋葬であるかのように。そして、それはそうだった。それは唐松だった。私が確信をもって見分けられるただ一つの木だった。私が確信をもって見分けられるただ一つの木を、その根もとに犬を埋めるために、彼女が選んだというのは不思議だ。海緑色の、絹のような、そして、ところどころに小さな赤い、と思われる、点がちりばめられた針のような葉。犬の耳には壁蝨がついていた。そうしたことには私は目がつく。壁蝨も犬といっしょに埋められた。墓作りが終わったとき、彼女はシャベルを私に手渡して、瞑想にふけった。私は彼女が泣きはじめるかと思った。まさに時宜に適していたから。だが、逆に彼女は笑いだした。あるいはそれが彼女流の泣き方だったのかもしれない。それとも私の勘違いで、彼女はほんとうに泣いていたのだが、それが笑い声に聞こえたのかもしれない。涙だの笑いだのは、私にはさっぱりわからない。彼女は二度と会えないのだ、子供のように愛していたテディーに。わからないのは、あれほど明らかに、犬を自分の家に埋める堅い意図を持ちながら、なぜ彼女が、獣医を呼び寄せて、その場でしまつしようと思わなかったかということだ。私と行き会ったとき、ほんとうに獣医のところへ行こうとしていたのだろうか。それとも、そう言ったのは、私の罪を軽くするというただそれだけの目的でだったのだろうか。もちろん、往診となればそれだけ高くはつく。彼女は私を客間に導き、飲み物と食べ物を出してくれた。上等なものだったに違いないが、残念なことに、私は上等な食べ物はあんまり好きではなかった。だが酔うのは悪くなかった。もし彼女の生活が苦しかったとしても、そうは見えなかった。私がすわりにくそうにしているのを見てとると、彼女は、硬直した足のために椅子を一つ余分に近づけてくれた。飲み物を勧めながら、いろいろと話をしていたが、私にはその百分の一もわからなかった。彼女は手ずから私の帽子を取って、どこか、たぶん、帽子掛けにかけるつもりだったのだろう、持っていこうとしたが、その動きを紐がさえぎったのでびっくりした様子だった。彼女はおうむを一羽飼っていた。とてもきれいで、もっとも珍重されている色合いをすべて備えていた。私はおうむを、その女主人よりよほどよく理解できた。いや、彼女がおうむを理解するより、私のほうがよく理解したというのじゃあない。私は彼女を理解するより、おうむのほうをよく理解したということだ。おうむは、ときどき、この売女の、助平の、糞たれの、たれ流しと言っていた。そのおうむはラウスに飼われる前に、だれかフランス人に飼われていたに違いない。動物たちはよく飼い主を変えるものだから。ほかにはたいしたことを言わなかった。いや、フック! とも言っていた。だが、フランス人が教えるわけがない、フック! なんて。あるいは自分で思いついたのかもしれない、ありそうなことだ。ラウスは、かわいいポリーちゃんと言わせようとこころみていたが、どうやら手遅れだったと思う。おうむは首をかしげて考えていてから、言った、この売女の助平の糞たれのたれ流し。おうむが努力しているのはよくわかった。そのおうむも、彼女はいつか埋葬することになっただろう。たぶん、籠ごと。私だって、あのまま残っていたら、埋葬されただろう。もし彼女の住所を持っていたら、手紙を書いて、埋葬しにきてもらうところなのだが。」
(ベケット『モロイ』)
PR

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

プロフィール

HN:
trounoir
性別:
非公開

P R