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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<人の間

「森からするどい悲鳴があがり、続いて拳銃の音がした。「どうだね、奥さん。こってり罰をくらうやつもいれば、まったく罰なしのやつもいるなんておかしいと思わないかね?」
「イエス様!」とおばあちゃんは叫んだ。「あんた、いい血筋なんでしょ! レディーを撃つはずがない! りっぱな家系なんでしょ! お願い! ね、レディーを撃つもんじゃないの。お金は全部あげる。」
 〈はみ出しもの〉は森のほうに目をやった。「奥さん、死体が葬儀屋に心付けをやったためしはないよ。」
 また射撃音が二発きこえた。水をほしがって鳴く老いしなびた七面鳥のように、おばあちゃんは首をのばし、心臓が破れるほど叫んだ。「ベイリーや、ベイリーやあ。」
 〈はみ出しもの〉は話をつづける。「死人をよみがえらせたのはイエス・キリストだけだよな。そんなことはしないほうがよかった。イエスはあらゆるものの釣り合いを取っぱらったんだ。イエスが言ったとおりのことをやったとすれば、おれたちはすべてを投げ出してイエスに従うほかはない。もし、イエスが言ったとおりのことをやらなかったとすれば、おれたちとしては、残されたわずかな時間を、せいぜいしたいほうだいやって楽しむしかないだろう──殺しとか、放火とか、その他もろもろの悪事を。悪事だけが楽しみさ。」話すうちにだんだん声が大きくなる。
「もしかすると、イエス様は死人をよみがえらせなかったかも。」なにを言っているかよくわからないまま、おばあちゃんはつぶやいた。目まいがして、掘の中にひざを折ってすわりこんだ。
「おれはそこにいたわけじゃないから、イエスが死人をよみがえらせなかったとは言い切れない。」〈はみ出しもの〉が言う。「おれはその場にいたかった。」彼はこぶしで地面を打った。「いられなくて残念だよ。もしいたら、はっきりわかったのに。そうだろうが。」声が高くなった。「もしその場にいたら、はっきりわかったのに。そうすれば、おれはこういう人間にならずにすんだんだ。」泣きわめく声に変わる寸前だった。おばあちゃんはその一瞬、頭が澄みわたった。目の前に、泣きださんばかりの男の顔がある。男に向かっておばあちゃんはつぶやいた。「まあ、あんたは私の赤ちゃんだよ。私の実の子供だよ!」おばあちゃんは手をのばして男の肩にふれた。〈はみ出しもの〉は蛇にかまれたように後ろに飛びのいて、胸に三発撃ちこんだ。それから拳銃を置き、眼鏡をはずして拭きはじめた。
 ハイラムとボビー・リーが森から戻ってきた。掘の上に立って、おばあちゃんを見おろした。血だまりの中に、子供がするようなあぐらをかいて、すわるとも横たわるともつかないかっこうで、その顔は雲ひとつない空を見上げてほほえんでいる。
 眼鏡をはずした〈はみ出しもの〉は、目のふちが赤くなり、蒼ざめた無防備な顔つきをしていた。「そいつをはこんで、ほかの連中のところに放ってこい。」そう言うと、脚にじゃれつく猫をつまみあげた。
「よくしゃべるやつだったな。」掘にすべり降りてきたボビー・リーがヨーデルのような高い裏声で言う。
〈はみ出しもの〉が言う。「この人も善人になっていたろうよ。一生のうち、一分ごとに撃ってやる人がいたらの話だがな。」」
(フラナリー・オコナー「善人はなかなかいない」)
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