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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<インタープレイ3

「私が精神科医という仕事をやっているうちにいくつかのジンクスとでもいうべきものができた。……
 第一は、外来の前の晩に精神医学の論文を読むと、どうもその外来がよくないということである。
 外来というのは、次の外来までの一週間なり二週間がどうであるだろうかという想像力を働かしておかなければならないものだろう。入院患者でも綱渡りのような際どいところにいる患者との面接ならば同じことになるが──。
 要するに、こまかい呼吸合せとか、かすかなサインをキャッチするとか、その他の微妙な直観が必要なのに、前の晩にそういうものを読むと、働くはずのものが働かなくなるらしい。つまり一般に「自由に注意をただよわせていること」(フロイト)ができにくくなる。
 精神医学の論文でなければよいのか。よいらしい。あと味のさわやかな本や画集や音楽は翌日の「自由にただよう注意力」を強めてくれる。精神医学でも生物学的なのはかまわない。……どうもすぐれた精神病理の論文が私にはよろしくないようである。私の患者が事故を起こしたのは、ある人の論文を二晩続けて読んですっかり感心した時のことであった。
 そもそも精神病理というものにどこか毒があるのか、私と精神病理との関係がよくないのか、あるいは著者が同年輩の人なのでかねがねライバル意識があったのに「うーん、参った」となったのか、論理的に高度で構成の精緻な論文にエネルギーを喰われてしまったのか。どれか一つだけではないような気がする。
 …………
 逆に精神科医がすり切れる場合もある。自分の子どもと険悪な関係になるのは水曜の夜が多いことに気づいた。当時その日は私の「子ども診療日」だった。私の中で何か柔かな生ぶ毛のようなものが費い果されて、家に帰った時には子どもの気持を汲むアンテナが効かなくなっていたのだと思う。私が子どもを特別に診る日を一時やめざるを得なくなるほど、そのことは著しかった。」
(中井久夫「治療のジンクスなど」)
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