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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<殺人列車アメリカ号

「汽車は猛烈なスピードで突っ走り、刻々と空を塗りこめていく赤っぽい煙を吐きだした。私の観察によれば、三十輌の貨車のうち二十九輌は、かますのように折り重なった黒人であふれ返っていた。残りの一輌だけが白人の乗客たちの輸送に使われているのだった。じつは私たちもその貨車に乗っていて、早くも南部の黒土地帯を突っ走っていた。私は、この騒々しい、背筋の寒くなるような陸の船から逃れるすべをひたすら考えた。それはどこにも停まらず、したがって絶えず咆えたてた。それこそひっきりなしに、乗客はたがいに相手の上に倒れかかり、頭の鉢を割るというありさまだった。一人の紳士に至っては、落ち着き払ってタバコに火を点けようとしたのはいいが、ろくでもない乗り物がガタンと大きく揺れたとたんに、それが胃袋に突き刺さって、あえない最期を遂げた。同時にであるが、どうやら居眠りをしていたらしい名家の御婦人たちが、窓から外にほうり出された。お隠れあそばすのを慎んでお見送りする一同の目の前で。ほかの御婦人たちもまた後部のドアから投げだされたが、間もなく、空気の圧力で押し戻されて窓のひとつからなかへ入り、多くの場合、自分のもとの席に落ち着いた。時には、ある男性の膝の上に転げ落ちることもあったが、この男性は顔色ひとつ変えず、少しばかり脇に寄って新聞を読みつづけるのだった。その態度から察するところ、彼はすでにこの鉄道で旅行した経験があり、そこで生じかねない事態についてよく心得ていた。しかし、こうした騒ぎを見るのがこれが初めてという私は、いっときも警戒を怠らず、前の座席の背に双手でしがみついて、この隕石から身を守るにはどうすべきか、そればかりを思案していた。こういう状態で突っ走っていたとき私は、黒人たちの詰めこまれた貨車のほうで、大変な騒ぎが持ちあがっているのに気づいた。「薪だ!」と機関手が叫ぶ。「薪がなきゃ、向こうには着けんぞ!」二十九輌の貨車のひとつは、すでに空っぽである。「黒人がいちばん石炭に似ていますわ」私の当惑した表情を見て、一人の御婦人がいやに優しい声で釈明する。この近辺にはあの鉱石は見当たらない、大地が生み出すのは金だけだから、と付け加える。「それで私たちは、黒人を使いますの。どっさりありますから。それに先ほども申しあげたとおり、石炭にとってもよく似ておりますから」……。やがて二輌目の貨車ががらんどうになり、燃料の山の数ももはや二十七となった……。私は震えおののきながら窓外に目をやったが、見えるのはただ、長く尾を引いた赤い煙だけだった。煙はボイラーの煙突から吹きでて、わがもの顔で空に広がり、それを一面赤く染めた……。それでも私たちは、ほんものの南部にたどり着くことができた。燃料車のうち手つかずだったのは、たったの一輌というありさまだった。ミナはすっかり怯えていた。「こ、これが自由の国ですか?」非常に太い鎖を首に巻きつけながら、彼はそう言ったきり口をつぐんだ。正直なところ、私も何がなんだか、と私は答えていう。この国では、お金がなければ空気さえ手に入らないのだ。気がついてみると、これまた太い、べつの鎖が私の首に巻きつき、私たち二人はひとつにつながれているのだった。そういう状態で、さんざんに鞭打たれながら、私たちは綿花の農園へと引っ立てられていった……。」
(レイナルド・アレナス『めくるめく世界』)
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