「おれは台所に入って、食器棚からワインを一本取った。コルクを抜いて、グラスを二つ出すと寝室に戻った。ワインをグラスに注いで、彼女に渡した。
「お父さんがあなたのことをよく話してたわ」
「へー」
「野心がないって、いってた」
「そのとおりだ」
「ホントに?」
「おれにある唯一の野心は、ちょっとした人間なんかには絶対にならないってことさ。それがいちばん賢いことだと思うけどな」
「変わってるわね」
「そうじゃない。親父が変わってるんだ。もう一杯どう? うまいワインだから」」
(ブコウスキー「親父の死(一)」)