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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<meta-verity

「十時ごろ、M夫人の主人がやって来た。……この男はなによりもまず西欧人であり、新しい理念の見本をちょっぴりもっていて、それをひけらかしている現代人であった。外貌からいえば、髪が黒くて背の高い、図ぬけて肥満した紳士で、西欧ふうの頬ひげを生やし、独善的なあから顔に砂糖のように白い歯を光らせ、申し分のない紳士的な威容を備えていた。世間では彼のことを利口な人と呼んでいた。ある種の仲間では、他人を犠牲にして腹を肥やした特殊な人種を、一般にそう呼んでいるらしい。彼らは断じてなにひとつしないばかりか、断じてなにひとつしようとしない。そして不断の怠惰と無為のために、心臓が脂の塊りに変わっているのだ。そういう連中の口からは絶えず、おれはなにもすることがない、その原因はなにかしらこんぐらかった不都合な事情であるが、そのため、「おれの天才は疲憊し」てしまう、こういうわけで、おれは「はた目にも憂鬱な」存在となったのだ、といったような言葉が聞かれる。それは彼らにあってはおそろしくものものしい美辞麗句、合言葉、標語のたぐいであって、それをばわが食い肥った紳士たちはのべつ幕なしに振りまくので、もうとっくの昔からみんなに飽きあきされ、正札つきのタルチュフ流儀だ、からっぽな言葉にすぎない、といわれるのである。とはいうものの、どうしてもなすべき仕事を発見することのできぬこうした剽軽な連中のなかには、──もっとも、彼らはけっしてそんなものをさがしたことはないのだが、ほかならぬこういうことを狙っているものがある。つまり、自分たちの心臓は脂の塊りに変わっているどころか、一般的にいってなにかきわめて深遠なものである、とこんなふうに人から思われたいのだ。しかし、それがはたして何ものであるかは、たとえ第一流の外科医でも名ざすことはできまい、むろん、礼節を重んじてである。この連中の世渡りの術といえば、自分のありったけの本能を、粗暴な悪口や、きわめて近視眼的な非難や、方図の知れない傲慢ぶりに集中することである。彼らにとっては、他人のあやまちや弱点を発見し、かつ強調するよりほかなにも仕事がないし、善良なる感情といっては、ちょうど牡蠣が神さまから受けられている程度しかないものだから、右のごとき警戒手段をもって、かなり用心深く他人と暮らしていくということは、あえて難事でないのである。彼らはそれを大いに誇りとしている。たとえば、彼らはこんなことを信じきっている。ほとんど全世界は自分たちに税を払うのが当然であって、自分たちはそれを牡蠣のように、いざという時のため予備に取って置くのである。自分たちを除けると、だれ彼もみんなばかの集まりで、蜜柑か海綿みたいなものだから、甘い汁が吸いたいときには、いつでもしぼりさえすればよい。つまり、自分たちはいっさいのもののご主人なのであるが、こういう立派な制度が樹立されたのも、ほかではない、自分たちが非常に賢い、ど性骨のある人物だからである。
 こういう方図の知れない増上慢であるから、彼らはおのれにいかなる欠点の存在も認めない。彼らは世界に横行している狡猾児の典型、つまり生まれながらのタルチュフやファルスタッフの一族に酷似している。この人種は、こそこそした悪事をし散らしたものだから、しまいには自分から、こうあるべきが当然だ、換言すれば、生きていることはすなわち、こそこそ的悪事を働くことだ、と思いこむにいたったのである。彼らはのべつ他人に向かって、自分は正直な人間だとくり返しいったために、ほんとうに自分は潔白な人間であり、自分のこそこそ的悪事こそ潔白な行為である、と信じきるようになった。一般的な内部の審判や、高潔な自己批判は、彼にとっては不向きなのである。ある種の事物のためには、彼らはあまりにもつらの皮が厚すぎるのだ。彼らにとっていつも、何ごとにつけても第一の場所を占めているのは、大事な大事なご自身であり、彼らのモロフ〔貪婪の神〕であり、ヴァールであり、いとも壮麗な彼らの自我である。自然ぜんたい、世界ぜんたいは彼らにとってみごとな鏡にすぎない。それは絶えず自分の姿を映して見とれるために創られたものであって、そのご自分の姿が幅をきかしているために、ほかのものはなにひとつ、だれ一人見えないのだ。こう説明したら、彼らがこの世のいっさいをかくも醜い姿で眺めるのは、あえて異とするに足るまい。彼らは何ごとに対しても既成品の文句を用意していて、しかも、──ここが彼らの狡智の頂点なのだが、──それが最近流行の言葉なのである。のみならず、彼ら自身がその流行を助けるので、こいつは成功しそうだなと思った思想をいたるところの辻々で、ただ闇雲に宣伝する。まったく彼らはそうした流行の思想を嗅ぎだして、人よりさきにそれを身につけるだけの敏感さを持ち合わしている。だから、その思想の出どころはほかならぬ彼らである、といったような印象を与えるのだ。とくに彼らがそうした流行文句を用意するのは、人類に対するおのれの深甚なる同情を表明するときと、理性の是とする最も正しい博愛は何ぞやという定義をする場合である。それから最後に、ロマンチシズム、すなわちいっさいのよきもの美しきものを懲罰するためにも、そうした取っときの文句を持ちだすのだ。しかし、その善きもの、美しきものは、たとえいとも小さな微分子たりといえども、彼らなめくじ的種族ぜんたいを束にしたよりも貴重なのである。彼らの粗暴な頭脳は、真理が捕捉しがたい、過渡的な、未完成の形を取っているときは、けっして見わけることができない。すべて成熟せず、定着しないで、醗酵のなかばにあるものは、なんでも撥ねのけてしまう。こうして、食い肥ったこれらの紳士は、自分ではなにひとつせず、あらゆる仕事という仕事がいかなる労苦を払って行われるものか、いっさいごぞんじなしに、なにもかも据え膳で、おもしろおかしく一生を送る。したがって、なにか無骨なことをいったりして、彼らの脂ぎった感情にさわったら、それこそ災難である。そういうことはいっかな勘弁せず、いつでもそれを想いおこして、復讐の快楽を味わうのだ。」
(ドストエフスキー「初恋」)
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