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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<うちの座長が言うことには3

「俳優であれば演技において一度ならず「相手役とちゃんと会話して/関わって」あるいは「ちゃんと見て/受けとって」てなことを指摘されたことがあるだろう。みんなわかっちゃいるはずなのに、中々それができない。どうしてだろう? もちろん答えは簡単ではない。ちょっと分解して考えてみよう。(posted at 21:18:03)
「ちゃんと会話する」これはレベルの高いオーダーだ。具体性に欠けているし、「会話するとは何か?」という抽象度の高い問いを含んでしまっている。なのでまず「ちゃんと受け取る」「ちゃんと見る/聞く」ということに着目しよう。これはきっと「ちゃんと会話する」ための必要条件なのだろうし。(posted at 21:19:45)
俳優は稽古/本番を通じて何度も同じ場面を体験する。そんなことを繰り返しているうちにだんだんとこの「ちゃんと受け取る」ということができなくなっていく。相手の発言や行動に慣れてしまって、相手の行為のすべてが自分の想像の範疇に収まってしまう。驚きが消え、予想外の出来事はなくなる。(posted at 21:21:54)
その時も別に相手役のことが見えなくなっているわけではない。視力は保たれている。相手役の声だってちゃんと聞こえている。聴力も万全だ。だけど、反応できなくなっていく。すべてが予想の範囲内に収まってしまう、ということはそういった不感症の主原因のひとつだ。では、どうするか?(posted at 21:23:32)
もちろん万能薬はない。しかし「ちゃんと受け取る」が出来ている時に何が起きているかを観察することはできる。本来、人が人と会話するとは小さな驚きの連続であるはずだ。会話、と言わなくてもいい。誰かと同じ空間を共有する、共に過ごすということは小さな驚きに満たされるということに他ならない。(posted at 21:24:51)
他人はいつも自分の想像を越えて動くし、喋るし、行動する。もちろん我々はいちいちびっくり仰天しているわけではないが、小さな裏切りを常に感じながら過ごしているはずだ。それをちゃんと見つけ続けることが肝心だ。ここで難しいのは演技がいつも抽象論になってしまうことだ。(posted at 21:26:41)
「もっとちゃんと見て!」と演出家から俳優が指摘を受ける場合、もちろん俳優たちはとっくに「ちゃんと見ているつもり」なのだ。そのつもりなのに、それをせよ、と再度言われる。だからその言葉は精神論のような言葉として受け取られてしまう。違う、演技は技術論で語られるべきだ。「秘密は何もない」。(posted at 21:28:05)
では、僕が俳優に対して、相手役の演技を「ちゃんと受け取る」ことが出来ているなあ、と感じるのはどんな時だろう? それを具体化していこう。まず、相手役によって呼吸が乱される。人は本来、自分のテンポ、自分のペースで喋ろうとするし、ブレスをしようとする。それが他人の発言によって乱される。(posted at 21:30:30)
本来自分がもう少し先で息をしようと思っていた途中で、相手役によって自分の発言は遮られる。自分のターンを奪われる。その時、ブレスのタイミングは乱され、相手役によって呼吸がコントロールされたりもする。もちろんここでいう呼吸とは具体的な息を吸う/吐く、という動作のことだ。(posted at 21:33:00)
繰り返し稽古をした結果、その場面に慣れてしまった俳優たちは、相手役が自分の発言のどこに割って入ってくるかを知っている。だから、相手役が発言の途中で割って入って来ても呼吸が乱されない。それは想定の範囲内だ。従って、一見、相手に遮られているような台詞も安定してしまう。(posted at 21:36:19)
呼吸が乱される、というのは相手役によってテンポとタイミングを支配される、少なくとも干渉を受ける、ということだ。これが芝居を「ちゃんと受け取る」ことの正体のひとつだろう。そして、呼吸が乱された結果として「次の台詞の音が変わる」。呼吸が乱され、それまで話していたトーンが変化する。(posted at 21:39:29)
ここで言う声の問題は、当然ながら重心の問題と関わっている。たとえば、相手役に対して高圧的な態度で重心を前に傾け、声のフォーカスも相手に合わせ、音圧も相手役にかけていた場合に、思わぬ反撃の一声を浴びれば、呼吸が乱され、重心は変化し、声色も変わる。すべては、相手役の行為を契機として。(posted at 21:42:21)
「この台詞はこの声色でいおう」なんて計画された演技が嘘くさくなってしまうのはこのためだ。自分の声質、声色、あるいは重心のかけ方は、相手役いかんによって変化する。そのようにして私たちは生活しているはずだ。声色を変える計画を立てていなくても、日常会話では変化に富んだ声色/音が出る。(posted at 21:44:10)
「相手役の演技をちゃんと受け取れ/聞け/見ろ」という指示は、分解していけば今いったような具体的なことになる。すなわち、呼吸・タイミング・テンポ・重心・声色にまつわる変化が、相手役の行為の影響の結果として起きているように、ということ。(posted at 21:47:06
さて。「ちゃんと会話できている」ために必要と思われる条件、「ちゃんと受け取る/見る/聞く」ということが達成された場合にどんな演技が生まれるかについて考えてみた。では、そういった細かな変化をあらかじめ計算して出力をすれば良い演技ができるのか? 確かにそれっぽくはなるだろう。(posted at 21:57:08)
でも、どんなに細かな計画を立ててみてもそれらしい反応を創り出すに過ぎない。必要なのは、もっと単純なことではないか。つまりその場で、相手役に反応するということ。逆に言えば、いかに細かく変化を計算したところで、相手役がこちらの計画通りに演じるとは限らない。その意味で計算は役立たない。(posted at 21:59:51)
だから自分がどういうトーンの声を出すか、どんな表情をするか、てなことはかなりの部分、相手役次第だ。正しく相手役に依存していることが「ちゃんと会話する」ことの絶対条件なんじゃないだろうか。もちろん相手役に任せるといったって全てじゃない。自分の側で準備すべきこともたくさんある。何か。(posted at 22:03:52)
それは役柄が持っている情報を精査しておくことだ。その状況、その相手に対峙する際に、どんな情報を持っているのか? それをしっかりと理解して、頭に、身体に叩き込んでおくことだ。(posted at 22:07:36)
私たちは普段生活している時に、この人とどのように関わろうか? なんてことをあまり自覚的に考えてはいない。もちろん面接やオーディション、恋愛などで特に相手に与える影響を意識して行動する場面もあるが、大抵はほとんど無意識的に他者に関わりをもっている。だからといってそれは単調ではない。(posted at 22:13:37)
無意識的ではあっても、我々はしっかりと相手によって態度を変えている。親しみを持って接する相手、ちょっと警戒して距離を取る相手、敬う相手、蔑む相手、ふざける相手、敵意を向ける相手、ちゃんと区別をつけている。そしてそれを、その都度、考えているわけではないことが重要だ。(posted at 22:16:33)
親しい友だち同士であっても、前日にちょっと揉め事でもあれば、なんとなくよそよそしい態度になったり、ちょっと距離をとったりする。なんとなく、気まずいから。その「なんとなく」部分を我々は言語化せずに生きている。昨日喧嘩したことは自分にとっては言語するまでもない体験だからだ。(posted at 22:17:59)
しかし、俳優が役柄を生きる時、その状況を生きる時には、その「なんとなく」を言語化する必要がある。理解する必要がある。だってそれは、自分の体験ではないから。言語と想像力を使って、追体験をしておかなければ、そういった「なんとなく」は再現できない。(posted at 22:19:31)
俳優が、ある特定の状況にある役柄を生きるためには、その役がその時にもっている情報を正確に把握し、理解しておく必要がある。なんだったら身体を使って追体験しておく必要がある。何を知っていて、何を知らないのか、それを正確に把握しなければ、役柄の置かれた状況を再現することはできない。(posted at 22:20:50)
そして相手役に対しての動機・目的もまた重要だ。面接官と受験者のようなシンプルな関係だったらその目的は「認めて欲しい」というようなごく単純な言葉になるだろうが、大抵の人間関係はもっと複雑だ。人は他者に対して複雑な欲求を抱えて生きている。その複雑さをいかに単純化しないかが勝負だろう。(posted at 22:24:46)
相手役への動機/目的を知り、状況/情報を把握すれば、自分がその場面においてどう振る舞いたいのか、ということが把握できてくる。自分がどこに進みたいのか、相手役を、あるいは状況を、どこに進ませたいのかが、掴めてくる。それらを踏まえて、「ちゃんと受け取る/見る/聞く」を行う。(posted at 22:27:23)
きっとそれが「ちゃんと会話する」ということの内実だろうと今の僕は考えている。もちろん、あれこれ端折っているけれど、こんな感じのことを東京公演の準備の稽古の際、倉田大輔と榊菜津美、一川幸恵の演技を観ていて考えていた。(posted at 22:29:08)」
(広田淳一@binirock「Twilog - 2017年03月07日(火)」)
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