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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<×文学的な夾雑物

「詩はあらゆるところにあると思われた。イタリアの農夫の魚のスープ、荒っぽく香料のたくさん入った料理、赤唐辛子、粗塩がかかった生のトマト、脂を塗ったり、にんにくのスープに浮かべたりして食べる固いパンといった風味の猛烈な攻撃から逃れることはできなかった。獅子鼻の田舎者が夜明け前から起きあがり、灰のなかから昨日の燃えさしをみつけだして火をおこし、哲学的な穏やかさで「これが私の火だ」と言い、胡瓜とキャベツの表面に蒸気が珠となって煮たった鍋が歌い、素朴で旺盛な食欲が湧きあがってくる。そしてこのようなありきたりの光景のなかにこそ詩はかくれているのである。脂にまみれた、ちぢれ髪の黒人女、凍てついた緑の葉に包まれた庭、寒さのなかでその葉から浮きでている青い葉脈といったものをかれは生で荒々しい言葉をつかって書き、正確に語りたいと考えたのである。すべてを語ること、一度口にすれば土の匂いに包まれる、玉ねぎと塩で和えた、チーズと香草入りのアイオリのような、その官能性によってかれを大地自身と一体にしてくれる、多くの響きをそなえたすべてから目をそらさないこと。
 なぜならば、疑いもなく、他の誰とも同様にかれはなによりもまずこの官能性を通して大地と結ばれていたからである。頬についた浜辺の砂の感触や、唇についた潮の味、はりだした木の根が背中にあたる心地、地面に足の裏がふれる感覚といった、愛情にとても似かよった歓びを、情熱をもって求めることによってしか大地を愛することはできないからである。海や草原といったあまりにおおきな空間からもどってくると、まるで酔っ払ってしまったようになることがある。しかしながら、この大地にたいする官能的な愛情のなかには、あまりに大きいのでそれとはわからないような所有欲がふくまれているのである。……大地に密着した官能的な生活に長くひたっていたので、ウェルギリウスは精神と大地の関係を保つ配慮をもっていた。しかしかれは野蛮でなく理性をそなえていたので、大地にたいする文学的な夾雑物をとりのぞくために文学を使ったのである。」
(ロベール・ブラジヤック『ウェルギリウスの存在』)
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