「そよげる
やはらかい草の影から
花やかに いきいきと目をさましてくる情欲
燃えあがるやうに
たのしく
うれしく
こころ春めく春の感情。
つかれた生涯のあぢない昼にも
孤独の暗い部屋の中にも
しぜんとやはらかく そよげる窓の光はきたる
いきほひたかぶる機能の昂進
そは世に艶めけるおもひのかぎりだ
勇気にあふれる希望のすべてだ。
ああこのわかやげる思ひこそは
春日にとける雪のやうだ
やさしく芽ぐみ
しぜんに感ずるぬくみのやうだ
たのしく
うれしく
こころときめく性の躍動。
とざせる思想の底を割つて
しづかにながれるいのちをかんずる
あまりに憂鬱のなやみふかい沼の底から
わづかに水のぬくめるやうに
さしぐみ
はぢらひ
ためらひきたれる春をかんずる。」
(萩原朔太郎『青猫』)