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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<主語のない世界2

「これらの条件は、往診者が女性ならば少し違うかもしれない。患者を相手にしている間、家族を相手にしてくれる同僚のいることがありがたいといったが、それには女性が適任かもしれない。いずれにせよ、〔精神科医の〕往診においては、社会的にあてがわれてきた(カッコよく自分を前に押し出す)「男性性」をできるだけ消去することが、どうも必要であるようだ。私は、いっぽうで自分の一挙一動を自己記録し、その意味を、場の文脈において捉え、次の言動を構想し、全体の流れの中に位置づけて幕の閉じ方を模索しながら、このふだんより高まった意識性と並んで、一種の自己消去を行おうとする。
 おそらく「自分が何かをしている」という意識があるうちは事態はとどこおりがちであり、「まだボートは本流に出ていない」のだ。すべてが起こるべくして起こっているという感覚が必要である。それは、格別神秘的なことではなくて、おそらく外科医が手術の流れに乗った時に感じるものである。とはいえ、外科医にとって患者は全身麻酔によってまったくの客体と化しており、助手、麻酔医、看護婦たちは、延長したおのれの手足となっている。それとはちがって、精神科医の往診においては、局面はのっけから不如意なもの、自由裁量の利かないものに囲まれている。自由になるものは、おのれとその経験の記憶のみであり、あるいはデータ収集と状況判読との能力と一種の気力あるいは人間力としかいいようのないものである。なお追加するとすればある制限つきの楽観主義、予想外に開かれ、予想外がもし起こったならばその有害性を減殺し有益な方向へと活用するべくその事件とそれによって変化した状況とを読みとり読みかえてゆく気構えであり、そして自分は現在起こっていることの一部であって決して万能の局面支配者ではないという自覚の維持である。同僚がいてくれれば、これらの事項の維持ははるかに容易となる。」
(中井久夫「家族の深淵」)
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