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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<罪を犯すことなくしては

「──おやさしくみ恵みふかいイエスさま、おお、イエズス、わたしの行くのは、あなたのその遠いみ墓、なにとぞお許しくださいませ、おお、イエズス、おやさしくみ恵みふかいイエスさま、こうしてあなたのみ墓へと行くのは、異教徒トルコの手中からそれを救うためではいささかもなく、あのとき母を父をすてよと命じたものも、あなたによせる愛などではなく、ああ、そうなのです、あなたによせる愛があなたの遠いみ墓へ行けと命じたわけではけっしてなくて、わたしのうちに目ざめたまったくべつの愛のなさしめたわざ、考えるのはこの愛のことばかり、それどころか、感じるのです、もう体じゅうで痛いほど、この唇で、この手のひらで、そして、この目で、わたしのうちにあるそのわたしの愛、それこそ考えられるかぎりのすべての点においてわたしそのものとでもいうほかはないものらしく、まぎれもないもうわたし、わたしの思いのすべてをみたし、体のすみずみにまでわたってわたしをみたしつづけてやまぬこの愛こそが、わたしをしてふるさとの家をすてさせ、別れの言葉ひとつかけもせず母をも父をもすてさせたのにちがいありません、お許しください、おお、イエズス、おやさしくみ恵みふかいイエスさま、こうしてあなたの遠いみ墓へと行くのも、あなたによせる愛のこころからではなく、べつの愛にしばられ、みたされているからこそ、目を伏せたままモードゥは、修道士の歩調にあわせながら、小きざみに足をはこんでいった、そちらはのろのろと重たげに歩をすすめている、腫れたはだしのその足を地につけるたび、あたうかぎりしっかり地面にふれていたいとでも念じるかのよう、ふみかわす足もともどこかややおぼつかなく、両のその足を地につけて、はじめて力がもどるとみえて、そこでようよう足をあげ踏みだす、モードゥは思った──年とっているうえに、疲れている、目を伏せたまま歩きながら、罪をうちあけねばならぬその相手のはだしの足もとを見るともなしに見つめていた、しかし、じっと胸にあて十字にくんだ自分の両手も目にうつれば、ゆっくり前へと動いてゆくおのれの身にまとった着物の白さも目にうつり、この白い色のうえに音もなく動きもなく森のかげがよぎって、そのかげのあいだを歩いていった、まるで影と光の織りなす網の目にすくいとられたもののよう、そこに閉じこめられながらも、なお、その網とひとつになって歩いてゆくのだ、それにまた、疲れきった老人に本能的に歩調を合わせようとする自分の小さな足も目にはいった、重いうえにもなお重いおのれの罪を告白するため、その人のかたわらをこうして歩いているいま、腕いっぱいのばした身のまわりにはだれ一人おらず、そこを歩いているのは自分たちただ二人きり、それなのに、この肉体までもまた目に見えぬ無言の群衆がからめとり閉じこめるのをモードゥは感じた、ちょうど森のかげと目に見えぬ太陽のその光のあいだに揺れうごき、そのもとを、ひとつの巨大な息となって息づきながら、びっしりかたまった子供らの亜麻色髪や黒髪の数知れぬ頭が流れてゆく、それはもとより承知のこと、自分のほか、まだ数千のはだしの足が地をひき、疲れをひき、なおも前へ前へとすすむ単調なひびきも、耳をはなれぬ、あいかわらず目を伏せて歩き、みずからすすんで視野をかぎるうちにも、これだけのことが見えていた、夕暮れせまるこのひとときをおしつつむ静けさのうちにも、これだけのことが聞こえていた、そのうえなお目にうつるものといえば、もっとも近く列をくむ子供らの長くのびた影、その影は、さまざまなしるしをおびているため、名ざしで呼ぶことさえできるほど、それ、そこにあるのがブランシュの美々しく豪奢な衣裳の影、あそこに揺れているのがアレクシイ・メリッセンの緋色のマント、そのやや横のすんなりとした影はロベール、それから少ししてこの三つの影のあいだに繊細なヤコブの影をやっと見つける、十字にくんだ手のしたで心臓の鼓動が早まるのを感じ、ひそかに思った──お許しください、おやさしくみ恵みふかいイエスさま、こうしてあなたの遠いみ墓へと行くのも、あなたによせる愛のこころからではなく、べつの愛にしばられ、みたされているからこそ、修道僧がたずねた──眠るのだな、そうだな、その祈りのあとで? はい、そうです──とモードゥは答えた──その祈りのあとで眠ります、そして、思った──昼と夜のどのときにもましてあの人〔=ヤコブ〕の愛していた夕暮れどきの草小屋、森のはずれにあの人がたてた草小屋は、草地のうえ高くそびえていて、そのまえに立ちあの人はまき場じゅうをひと目で見わたすことができた、いくどわたしは願ったことか、このわたしたちのまき場をあの人の目で見たいと、清らかなあの人の目で、その清らかさによくひきくらべうるものをわたしは知らない、清らかに澄んだ目、エメラルドの谷間を最初の影がおおいはじめ、空がすみれ色の静けさにみちて、草葉のあわいに虫がすだき、かしの茂みで鳥たちが眠りにつくまえをひとしきりたがいに呼びかわすとき、そのとき、そうしたすべてをわたしはあの人の目で見ることができず、自分の目でもって見るほかはなかったのだ、あの人は、草小屋のまえの高みに立ち、片手を腰にあてている、日の輝きはゆっくりとあの人のうえから去り、それでも、あの人はじっと最後の光のひと筋が足もとで消えてしまうまで待っていた、そして、その最後の光が足もとからすっかり消えてしまったとき、きまって両手を口もとにあてると、目のまえの大きくひらけた広がりと深い静けさのなかへ喉にかかった叫びをなげるのだった──……」
(J・アンジェイェフスキ『天国の門』)
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