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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<喪失とは獲得である

「一八九三年に生まれ、第一次世界大戦開戦の前年である一九一三年に二十歳の成年をむかえ、そして一九四五年三月に死んだピエール・ドリュ・ラ・ロシェルの生涯は、そのまま二十世紀の前半をおおっている二つの戦争の時代にあてはまる。外は帝国主義政策と植民地獲得をめぐる大国間の争い、内は恐慌と労働争議とナショナリズムをめぐる沈滞と対立に象徴される戦前の時代に子供時代を過ごし、世界の歴史のなかでかつてなく大量の人命が失われた第一次世界大戦の戦場において成年をむかえ、戦争のもたらした多くの絶望と一握りの希望をかかえて復員し、次の戦争のまでの二十年の待機と不安となけなしの希望の時代に作家・文学者としての活動をおこない、政治的アンガージュマンに身を投じていくつかの党派に加わりまた脱退し、第二次世界大戦に際して政治家・思想家・文学者としての総決算を試みてことやぶれ、自死したのである。そのためにドリュの作品や思想、そして行動のいずれのうちにも戦争の刻印が押されていないものを探すのは難しく、というよりもドリュの存在と行動のすべてがマルスの相のもとに展開されはぐくまれていたのであるとすら言えるほどである。またドリュは戦争のなかで育ったことにより、バレスやモーラスの世代ともブラジヤックやルバテの世代とも一線を画している。バレスやモーラスの反近代主義、反ヒューマニズムは鋭敏な知性と政治的な問題意識によって考察され、あるいは提示されたものだったが、ドリュの場合は二十世紀の戦場という極度に産業化され合理化された屠殺場での体験によって、近代がかかげたいくつもの理想や約束、ヒューマニズムの観念と倫理の崩壊はいわば直面すべきかつ逃れがたい出発点にほかならず、そのためにドリュはバレスやモーラスの整然とした理論だった、そしてそのために都合よくできていないこともない主張に対して鼻白む思いを抑えられず、不信の念をいだかざるをえなかった。そしてまた戦場を知らない若い世代に関しても、かれらのものである才気や鋭敏さ、そして未来への信仰と行動への希望に対して、懐疑的になりまたいらだちをおぼえずにはいられなかったのである。同世代のななでも、アラゴンのコミュニズムや、ブルトンのシュールレアリスム、あるいはベルナノスにおける信仰といった切り札を手に入れることのできなかったドリュは、ひとよりもいっそうあくまで戦争のなかにとどまり、平和の時代を帰還兵として暮らし、次の戦争の予感のなかに生きざるをえず、そのために二大戦間の時代精神のなかの最も不安で退廃した側面を代表せざるをえなかった。もちろんかれが切り札を手に入れられなかったのは、かれの放蕩者としての生き方のためであり、一つの主義や立場にとどまることができず、つねにないものねだりをくり返す性向によるものである。しかしまたドリュにとってはこのよるべきなき放蕩生活にとどまることこそが、屠殺場からの帰還兵として戦争に忠実であることの証だった。
 このようにあくまで戦争体験を核とした行動を続けたドリュ・ラ・ロシェルはしかしながら戦時中に手がけた詩作をのぞけば、H・バルビュスやR・ドルジュレス、セリーヌ等の帰還兵作家のようにその文学作品で戦争や戦場を救うことはほとんどなかったのである。ドリュが初めて戦争を小説の題材としてとりあげるのは、小説家としてのデビュー後十年を経た一九三四年の『シャルルロワの喜劇』を待たなければならず、その後も『夢みるブルジョワジー』や『ジル』といった長編に戦争のエピソードがとりあげられることはあっても、非常に限定された背景としてでしかない。ドリュの小説作品の題材のほとんどは、男女関係を中心とした放蕩の生活であり、そこには主題としての戦争はほとんど姿をあらわさない。文学者としての自覚のもとに書かれた初めての作品「空っぽのトランク」を含む短編集『未知なるものへの愁訴』や『女達に覆われた男』から、自殺を控えた「ローマ風幕間劇」『ディルク・ラスプの回想』にいたるまで、もちろん手法や劇的な構成の導入、自伝的テーマとの結合といった違いはあるものの、その主要なモチーフは、一瞬の真実が到来することを信じながら、なにひとつ確かなものをつかめないままに誘惑と逃亡を自堕落なシニシズムのなかで繰り返す放蕩者の生活記録なのである。
 そしてこの放蕩者の生活こそが、ドリュの戦争への忠誠の表明にほかならなかった。もとよりドリュ自身がこの放蕩を望んだのではなく、戦場で失われた信条や戦争での体験を圧倒する思想や政治的党派、あるいは信教があればそれにくみすることにはやぶさかではなく、というよりもそのような確信への欲求が強いからこそかれは易く信じ、そしていたたまれなくなって離脱することでみずからの名のうえに変節漢の汚名を厚く塗らなければならかったのである。ドリュにとって放蕩者の生活は、なかば探求の一形態であり、なかば退屈のなかでの待機だった。」
(福田和也「ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル」)
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