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Lubricate us with mucus. ──2nd season 飛翔編

   Be fierce as fire is fierce.

( ゚Д゚)<想像界における煉獄

「……やはり大行山脈の中の、石壁の家の散らばったちいさな部落を出はずれたところに、棗の樹が四、五本並んでいて、古賀ははじめて討伐に従軍する河合をつれて、そこを過ぎて行く隊列の中にいた。歩きながら、兵士たちの眼がその中の一本の樹の根方に注がれていた。
 ひとりの憲兵伍長が、少年のような八路軍の兵士を、後手に、その樹の幹を中に通して縛りつけていた。それから、十四年式の大型の拳銃をケースから抜き出すと、三歩か四歩後に退って、少年の顔を狙って発射した。脆い泥人形の頭を金槌かなにかで殴りつけたように、少年の額の一部が欠けて飛んだように見えた。血が、水道の蛇口からほとばしる水くらいの太さで噴き出して、黄緑色の粗末な軍服の胸に、見るみる鮮烈な、赤い色どりを拡げていった。少年の膝が次第に曲っていって、手を後に縛り合わされた上体が、前に傾きながら傾ききれず、その樹の幹を伝ってずり下がっていった。
 憲兵の残忍さを憤る心は、古賀にも、その情景を黙って見て過ぎてゆく兵士たちにもあった。その場の変にしんとした、息を呑んだ気配の沈黙が、彼等の怒りを語っていた。しかし、兵士たちは怒りを外に出すことはない。ここでは、兇暴なものは、兇暴であることによって絶対であり、権威であった。そして、それに対して怒るものは、怒っていることで自らを恥じ、ひけ目を感じなければならない。顔にかかろうとする棗の枝の棘をかわして、古賀は馬の背で身をそらせたが、その拍子に河合と眼が合うと、なぜということもなく薄笑いをした。しかし、苦し気に顔を歪めたまま、怒った表情を崩さない河合を見ると、突然、古賀は自分の笑いを、たまらなく惨めに、見窄らしく感じた。憐れなその笑い顔で、彼は兇暴なものに媚びているのだ。この虐殺の場面を見詰めている多くの顔の中で、最も醜い、卑しい顔が、自分のその顔であることを、古賀は疑うことができなかった。」
(洲之内徹「棗の木の下」)
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