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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<あまりに自己批評的な

「作者不介入の原則に縛られるカフカは、何であれ彼自身の趣味や嫌悪、失われた律法への憧憬が彼にとらせる奇妙な行動の数々を直截に想起させるものが、主人公たちの性格に混ざることを自分に許さない。主人公の誰ひとりとして菜食主義者ではないし、誰ひとりとして、彼自身の例えば医療、健康法、教育、田園の功徳、都市生活の危険などに関する信念なり先入観なりに従って行動しない。しかも彼らの多くが自分の職業の問題と特別な関わりをもつとはいえ、誰ひとりとして当然この作家〔という天職〕の幸福と苦悩を知らないし、作者の本音を最大限示す文学への情熱など、彼らに付与されることのまずありえないものなのである。
 カフカがこの点で自分に許すまれな違反も、この規則への彼の完全な服従を立証するだけのことだ。それらの違反は、挿話的な記述や、一見したところ大して意味のない細部にあるが、しかしこの細部は同時に物語の緯糸に実に論理的に挿入されているため、そこに隠された意味を見抜くには、すでに作家の生活に関して例外的な親密さを必要とするほどである。ここでは、例外的に、無謬のメカニスムがいささか遊びをしないではいないのであって、カフカは、物語の目立たないところに自分をもちこむことを許すが、別段そこで重要なことが起るはずもないから、通じていない読者には彼を探す理由などないのだ。……それにしても、自分に奇抜な変身をほどこして、主人公の事件に介入しないことを確実にするにせよ、あるいはやむをえない場合、気づかれもせずアイロニカルでもあるかたちで物語のなかに登場することを自分に許すにせよ、とにかく彼にかかわる事柄には決して価値評価がともなっていないし、読者を彼のものの見方にひき入れ彼個人の価値体系を共有させかねないような、肯定もしくは否定のしるしをそれに決して刻まない。彼が、自分のフィクションの世界のどこか片隅に身を隠したうえで自分について何を語っても、その世界について何を考えているのか、幸福だと思っているのかうとましいと思うのか、よく思うのかグロテスクと見るのか、筋が通っているというのか常軌を逸しているというのか、彼の判断を知ることは不可能であり、したがって彼がどのような意味で理解され判断されることを望んでいるのか知ることもまた不可能なのである(明らかにこのような方向づけの拒否こそ、彼の批評家たちが、それにつづいて読者が、しばしば陥る勝手な解釈の源泉である)。それが不可能なのは、話者が、彼とは本当に別人だから、情報をもたない読者以上に一歩たりと進んでいるわけでも、優位に立っているわけでもないからだ。彼が書くのは、すでに定まった世界観を伝えるためでなく、彼と同じように無知だが、にもかかわらず彼らを試みるために設定された実験的な状況に応えるその答え方によって啓示してくれる主人公たちから、彼自身のなかや世界のなかの一体どこに、高貴なものと低俗なもの、真実なものと虚偽なもの、正しいものと不正なもの、健康と病いとが存在するかを学ぶためなのである。
 話者は、さまざまな出来事が絡まるにつれて自分の眼前に展開されてくるものをしか見ない、そして自身の所与をもとにそれを判断するのであって、カフカがときに同じ主題について別のところで表明している意見など斟酌しない。そういうわけで、話者は、われわれが『日記』のなかで見るような、カフカがツューラウの妹のもとに滞在している頃の、田園生活や農夫たちについての考えを知らないのである。「農夫たちがぼくに与える一般的な印象、それは農業に逃げこんだ貴族たちといったところで、彼らはそこで大変賢明に、へりくだって彼らの労働を組織した結果、事物全体に一分の隙もなくぴったりはまり込み、その幸福な死の瞬間まで、どんな横揺れや船酔いからも守られているのだ。この地上の真の住人」。Kの冒険の語り手は、このような「一般的な印象」を尊重しないだけでなく、それを知らぬまま、そこにしみこんでいる理想主義を否認する。つまりこの話者にとっては、「農業に逃げこんだ貴族たち」が、ほとんど人間ならぬ畜生であって、「厚ぼったい唇をし、苦しみにうちひしがれたような顔をして」Kをばかのようにながめており、「彼らの頭蓋は木槌でたたかれて平たくなったように見え、顔の表情は、この拷問の苦痛がそのまま形をなしたとでもいう風だった」。当然彼は物語の展開につれて、彼らの狭い精神のこと、「城」の束縛に耐えるための卑屈さ、「城」の紳士たちの気まぐれやわがままへの不当な服従、はてはKが余所者であるというだけの理由で彼に対して示す残酷さや思いやりのなさをも記すのである。しかも、そういう場合にも彼は判断をもたず、小説の紆余曲折をへてつながってゆくままにものごとを物語るにとどめており、その結果、彼には、カフカがプラハや他の大都市に対する偏見からひそかに形造っている牧歌的な幻想を、観察によって排除することが可能になるのだ。」
(マルト・ロベール『カフカのように孤独に』)
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