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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<Re: 自然描写の異常進化

「カフカが受けた最大の文学的影響は、フロベールの影響であった。美辞麗句をつらねた散文を憎悪したフロベールは、カフカが自分の道具にたいして持した態度を賞賛したことだろう。カフカは法律や科学の言語から自分の言葉を引き出してきて、作者の個人的な感情を介入させることなく、それで一種の皮肉な正確さを付与しようと欲したのだった。これこそまさしくフロベールの方法であり、この方法を通じて彼は非凡な詩的効果を達成しえたのであった。
 …………
 さて、みすぼらしい外交販売員、哀れなグレゴールが突如変身した「害虫」とは、正確にはどんな虫なのだろうか? 明らかに、それは「節足動物」(Arthropoda)の類いに属するもので、昆虫や蜘蛛やムカデや甲殻類も同じ仲間だ。冒頭でいわれている「おびただしい数の小さな脚」というのが、六本以上の脚の意味なら、グレゴールは動物学的見地からいって、昆虫ではないだろう。しかし、仰向きになって目覚め、六本の脚が空中にうざうざと顫えているのを見出した男にとって、六本がおびただしい数と呼ばれるのに十分なものと感じられたとしても、不思議はないとわたしは思う。したがって、グレゴールは六本の脚をもっている、彼は昆虫だと見なしておこう。
 次の問題、ではどういう昆虫なのか? 注釈者たちはゴキブリだという。もちろん、それでは意味をなさない。ゴキブリは大きな脚をもった、平たい形の昆虫であり、グレゴールは平たいどころの話ではない、腹も背中も両側とも丸々とふくらんでおり、彼の脚は小さいのだから。彼がゴキブリに似かよっている点があるとすれば、ただ一つ、色が褐色だという点だけである。それだけだ。この点を除けば、彼の腹はすごくふっくらしていて、いくつかの体節に分かれ、背中は固く丸々としていて、翅鞘のありかをほのめかせている。甲虫にあって翅鞘には薄く小さな羽根が隠され、それは拡げられると、よたよたながら何マイルも何マイルも甲虫を飛ばすことができる。はなはだ奇妙なことに、甲虫グレゴールが背中の固い覆いの下に羽根があるのに気づくことは、ついになかったのである。……さらに、彼には強靭な上顎がある。彼は後脚、三番目の一対の脚(強力な小さな一対)で直立しながら、これらの上顎を使って錠前にさしこんだ鍵を回す。これで彼の体長が約三フィートであることがわかる。話が進むにつれて、彼は次第に自分の新しい付属器官──足や触覚を使うことに慣れてゆく。……」
(ナボコフ「フランツ・カフカ」)
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