「古井 小説の発生源は物語といわれて、大筋はそうだろうけど、それだけではないと思うんですね。僕が思うのは、例えば裁判の弁明書もヨーロッパの小説の発生源の一つではないでしょうか。……
ローマ時代の裁判も、それこそ調書こそ取らないけど、ロゴスがすべてですね。言葉の闘いになってしまう。言葉と実体がかなりずれてても、言葉が勝てれば裁判に勝てたようです。……
それから、カフカの『審判』と題されたあの小説の原題は Der Process です。「裁判手続き」とも訳せないことはない。あれは裁判小説です。しかも、近代の裁判と近代以前の裁判を重ねて書かれている。……そもそも、被告がどの行為を訴えられてるのか知らされないということも、警察と検察と裁判所が一体だということも、近世ではそうだったようです。人は行為によって罰せられるのであって、存在によっては罰せられない、という近代の法の大原則が確立されたのは、ドイツ語圏ではたかだか十九世紀の末なのだそうです。カフカはユダヤ系だということもあって、行為でなく存在で裁かれるという古来の法がひきつづき底流として生きていることを感じやすい立場にあったと思われます。カフカの「裁判小説」の主人公は追いつめられたあげく、自分には不明の告発へ向けて、いわばヤミクモに、一身の弁明書を起こそうとするのですが、存在の弁明となると、もう果てしもない。これはちょっと小説家の窮地に似てますね。」
(古井由吉×大江健三郎「詩を読む、時を眺める」)