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Lubricate us with mucus. ──2nd season 盈則必虧編

   汝自己のために何の偶像をも彫むべからず

( ゚Д゚)<もう語ることはない

「……大人たちは私たちに、脅しながら、また宥めながら、私たちが成長していくあいだじゅうずっと振りかざしたものだ。「青二才のくせして、こいつはもういっぱしの口をききたがる」だとか、「お前もいつかきっと経験することだろうよ」だとかである。大人たちは、経験とは何をいうのか、よく知ってみた。それはつまり、たえず繰り返し年上の世代が年下の世代に教え継いできたものなのだ。簡潔に、老年の権威をもって、金言のかたちで。また、冗舌に、老年のお喋り好きも手伝って、物語のかたちで。またときおりは、異国のお話として、暖炉のかたわらで、息子や孫たちに。──こうしたことすべては、どこへ行ってしまったのか? ……指輪のように世代から世代へと受け継がれてゆくほど確かな言葉が、今日まだどこで、死の床にある者の口から聞けるだろう? ……自分の経験はこうだと並べたてて青年たちの心を掴もうなどと、ほんの少しでも考える者がいるだろうか?
 否、である。そうしたことがもはやありえないことだけは、明らかだ。経験の相場はすっかり下落してしまった。しかもしれは、一九一四年から一八年にかけて〔第一次世界大戦〕、世界史のなかでも最も恐ろしい出来事のひとつを経験することになった世代において起こっている。ひょっとするとこれは、目に映って見えるほどに不思議なことではないのかもしれない。当時私たちは、戦場から帰還してくる兵士らが押し黙ったままであることを、はっきりと確認できたのではなかったか? 伝達可能な経験が豊かになって、ではなく、それがいっそう乏しくなって、彼らは帰ってきたのだった。……そうなのだ、不思議なことでは、それは決してなかった。というのも、あの戦争にまつわる出来事においてほど徹底的に、経験というものの虚偽が暴かれたことはなかったのだ。すなわち、戦略に関する経験は陣地戦によって、経済上の経験はインフレーションによって、身体的な経験は飢えによって、倫理的な経験は権力者たちによって、ことごとく化けの皮を剥がされたのだった。」
(ベンヤミン「経験と貧困」)
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